鑑別所

文字数 923文字

 リンチ殺人の主犯格の少女Aは、現在、N市の少年鑑別所に収容されているとのことだった。
 N市まで、K駅からM鉄で30分ほどである。
 マスコミを避けるためにタクシーに揺られて、K駅に辿り着く。
 リンチ殺人事件が起きたはずのK駅前は、いつもと何ら、変わらなかった。
 サラリーマンが忙しそうに行き交い、学生は、駄弁ったりしながら飲み物を口にしており、時折、主婦が自転車をゆっくり漕いで通り過ぎる。
 みんな、他人が殺されることと、自分の「死」を見事、対岸の火事として捉えている。
 駅前の横断歩道を渡る。
 すぐ左手にコンビニがあり、誰かが出てきたのか「ありがとうございましたー」という間延びした店員の声と電子音が聴こえる。
 いつもと変わらない風景。
 変わったことといえば、コンビニの隣のケーキ屋がシャッターを閉めていることくらいである。
 シロタは白杖の石突を左右に打ち付けながら、線状ブロックを辿り、“リンチ殺人事件”の現場であるバスターミナルへと向かった。
 バスターミナルに向かう途中、通路の左手にあるいつもおにぎりを売っているお店で昼食を買うとき、ーー一瞬躊躇った。「食べること」は「生きること」で、被害者に対し後ろめたい気持ちになるーーさらに奥へと進むと、事件現場のバスターミナルがあった。
 弱視のシロタにも見えた。
 真っ黄色の細い線ーーが、×印に走っていて、シロタの行く手を阻んでいる。
 いわゆる、“KEEP OUT”のテープである。
 黄色いテープの奥で、紺色がひしめき合っている。
「そこのお姉ちゃん! 立ち入り禁止だよ」
 初老を迎えているのであろう白髪頭の鑑識官が、カメラを両手にしゃがんでいる。
「ごめんねー!」
 今度は若い女性鑑識官の声。
「バス乗りたいのー?」
「あ、いえ、そういうわけでは」
 少女Aの弁護士として、参考までに事件現場を把握しておきたいーー。
 こんなことをもし傍の誰かに聞かれたらあっという間に自分が少女Aの弁護士だとバレてしまうし、少女Aが収容されている鑑別所の名称まで割れてしまうだろう。
「バス、乗りたいなら、ロータリーの前が臨時ターミナルになってるからね!」
 親切な鑑識官の女性に礼を言い、シロタはその場を立ち去った。
 
 
 
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