丹波未来さんを探しています
文字数 1,477文字
報道される「事件」というものはものの数日で忘れ去られるものである。
殺人、失踪、放火。
事件が起きた土地や被害者に特別な縁がない限り、1年も前の対岸の火事を記憶している人間など、普通は、いない。
だから、世間は当然、数日後には××の事件は忘れるし、4年前に失踪したままいまだに行方知らずの女子小学生のことも忘れ去っている。
風化した事件のポスターに、真っ赤な色が一部使われていたので、白田の脚をふと止めさせるには十分だった。
さがしています。
白字の大きなイタリック体が、赤い背景色を穿っている。
ささいなことでも、情報をください!!
掲示板に貼られた年季の入ったポスターの前で腰をかがめ、顔面をぐっと近づけると詳細を知ることができた。
丹波 未来さん(失踪当時12歳/小学6年生)
特徴
身長 141センチ 体重37キロ 黒髪ミディアムヘア 太い眉毛 丸いフレームの眼鏡(赤色)
失踪当日の服装 黒猫のイラストがプリントされたTシャツ(白地)
カーキ色の膝上短パン
ピンク色のスニーカー
猫のアップリケ付きの靴下
紫色のランドセル
事件詳細 ×年×月×日、小学校からの帰り道、失踪。一人で登下校していた。自宅まで約900メートル。最後の目撃証言は小学校の担任、クラスメイト。
どんなに些細な情報でも、匿名でも構いません。未来ちゃんの情報をお寄せください!!
ポスターの印字は、通りすがる万人に懇願をする。
どうか、未来ちゃんを見つけてください。どうか、どうか。
2年なら99%近くの行方不明者が発見されている。
しかし4年以降の行方不明者が見つかるのは非常にまれだ。
黄色い帽子を被った小学生の女の子がランドセルの持ち手を握って直立している。
女の子の表情は暗い。
唇はへの字で、丸縁眼鏡の奥の瞳は濁っていて小学生らしい希望が感じ取れない。
“絶望”
思い出した。
否、元々覚えている記憶が鮮明さを伴い、蘇ったのだ。
4年前、この街で一家惨殺事件が起きた。
被害者である丹波と丹波の血液が、大量に、丹波一家が住むアパートにぶちまけられていた。
殺人事件に間違いないのに、現場から丹波夫妻の“身体”が消えてなくなっていたのだ。
死体を引きずった跡や、血痕はアパートの階段から見つかったというのに、警察がどれだけ捜査してもなぜか死体だけが見つからない。
丹波夫婦には、一人娘がいた。
丹波 未来は、丹波家の長女で養子だった。
未来の血痕だけは一滴たりとも見つからず、未来自身は忽然と姿を消した。
警察は、未来を重要参考人として押さえつつも、事件に巻き込まれた被害者としても捜している。
今も。
ルーペをポスターに擦り付けるように動かすと、少女の細い腕が一瞬、太く盛り上がる。
ポスターを“眺める”白田の滑稽な姿に気づいていないのは白田本人であった。
永遠に帰ってこない尋ね人を必死で探すポスターに、彼女の胸は虚無に近い切なさに一瞬満たされた。
少女の血縁者でも近しい大人でもなんでもない。
彼女がいなくとも、白田の日常は問題なく回る。
夜、弱視で女である自分が公園のブランコに揺られながら、イヤフォンを嵌めて機械に本のストーリーを語らせてる間、何事もなく平和なのに、いたいけな少女が真昼に行方不明になるなんて、なんという皮肉なのだろうか。
知らない他人に心を寄せることが、自分に対して仕向けられる差別に対するレジスタンスであり、差別とは無関心と同義だ、と白田は思う。
殺人、失踪、放火。
事件が起きた土地や被害者に特別な縁がない限り、1年も前の対岸の火事を記憶している人間など、普通は、いない。
だから、世間は当然、数日後には××の事件は忘れるし、4年前に失踪したままいまだに行方知らずの女子小学生のことも忘れ去っている。
風化した事件のポスターに、真っ赤な色が一部使われていたので、白田の脚をふと止めさせるには十分だった。
さがしています。
白字の大きなイタリック体が、赤い背景色を穿っている。
ささいなことでも、情報をください!!
掲示板に貼られた年季の入ったポスターの前で腰をかがめ、顔面をぐっと近づけると詳細を知ることができた。
丹波 未来さん(失踪当時12歳/小学6年生)
特徴
身長 141センチ 体重37キロ 黒髪ミディアムヘア 太い眉毛 丸いフレームの眼鏡(赤色)
失踪当日の服装 黒猫のイラストがプリントされたTシャツ(白地)
カーキ色の膝上短パン
ピンク色のスニーカー
猫のアップリケ付きの靴下
紫色のランドセル
事件詳細 ×年×月×日、小学校からの帰り道、失踪。一人で登下校していた。自宅まで約900メートル。最後の目撃証言は小学校の担任、クラスメイト。
どんなに些細な情報でも、匿名でも構いません。未来ちゃんの情報をお寄せください!!
ポスターの印字は、通りすがる万人に懇願をする。
どうか、未来ちゃんを見つけてください。どうか、どうか。
2年なら99%近くの行方不明者が発見されている。
しかし4年以降の行方不明者が見つかるのは非常にまれだ。
黄色い帽子を被った小学生の女の子がランドセルの持ち手を握って直立している。
女の子の表情は暗い。
唇はへの字で、丸縁眼鏡の奥の瞳は濁っていて小学生らしい希望が感じ取れない。
“絶望”
思い出した。
否、元々覚えている記憶が鮮明さを伴い、蘇ったのだ。
4年前、この街で一家惨殺事件が起きた。
被害者である丹波と丹波の血液が、大量に、丹波一家が住むアパートにぶちまけられていた。
殺人事件に間違いないのに、現場から丹波夫妻の“身体”が消えてなくなっていたのだ。
死体を引きずった跡や、血痕はアパートの階段から見つかったというのに、警察がどれだけ捜査してもなぜか死体だけが見つからない。
丹波夫婦には、一人娘がいた。
丹波 未来は、丹波家の長女で養子だった。
未来の血痕だけは一滴たりとも見つからず、未来自身は忽然と姿を消した。
警察は、未来を重要参考人として押さえつつも、事件に巻き込まれた被害者としても捜している。
今も。
ルーペをポスターに擦り付けるように動かすと、少女の細い腕が一瞬、太く盛り上がる。
ポスターを“眺める”白田の滑稽な姿に気づいていないのは白田本人であった。
永遠に帰ってこない尋ね人を必死で探すポスターに、彼女の胸は虚無に近い切なさに一瞬満たされた。
少女の血縁者でも近しい大人でもなんでもない。
彼女がいなくとも、白田の日常は問題なく回る。
夜、弱視で女である自分が公園のブランコに揺られながら、イヤフォンを嵌めて機械に本のストーリーを語らせてる間、何事もなく平和なのに、いたいけな少女が真昼に行方不明になるなんて、なんという皮肉なのだろうか。
知らない他人に心を寄せることが、自分に対して仕向けられる差別に対するレジスタンスであり、差別とは無関心と同義だ、と白田は思う。