第23話 農業女子と雨中の走行

文字数 4,386文字

 三隈が、家にたどり着いてスクーターを納屋に仕舞い、母屋に向かって歩いていると、辺りが薄暗くなり始めた。

 三隈は、明るいうちに帰ることができたので、近所の人に何か言われてもごまかせると思い、ホッとしていた。

 その後、家に上がって、荷物を部屋に置いた後、着替えて夕食を食べ、入浴などの夜のルーティーンを済ませた。

 その後、戸締まりを確認してから自分の部屋に上がり、机に座って宿題を始めた。
 宿題があらかた終わって、一息入れようと背伸びをした。

 三隈は、椅子の背もたれに身体を預け、カフェでの出来事を思い出していた。

 麗子には、身勝手で厳しい要求を言った。
 あんなひどい事を言えば、彼女が怒って、友達になる話は立ち消えになるはずだ。

 三隈もそれが分かって、わざと身勝手な事を言い放ったところがある。

 三隈は、バイクの話かできる友人が欲しかった。
 しかし、その候補になりそうな麗子は、高校内では“ヤンチャ”している娘という、イメージが定着していた。

 三隈にとって、“ヤンチャ”している生徒と友人になるということは、北杜市に移住してから、遊びたいのを我慢して農作業で流した汗が全部無駄になってしまい、積み上げてきた“健気な孫娘”のイメージを一瞬で壊す危険な行為だった。

 そのため、三隈は麗子に服装や行動を直すように、無理な要求をして、彼女の方から友達になることを諦めてもらうように仕向けた。

 もし、麗子が自分の要求を受け入れて、変わってくれれば友達になる事も可能だ。
 
 三隈は、あまりに身勝手な自分の考えに苦笑いした。

 もし、自分が麗子から身勝手な考えを押しつけられたら、怒っていただろう。最後まで自分の話を聞いてくれた麗子の寛容さには感心していた。

 時計を見ると、針が十一時を差していた。
 もう寝よう。明日もする事はたくさんある。

 三隈は、テキストや参考書を閉じて、寝るための準備に入った。



=======



 翌朝、目が覚めた三隈は、朝のルーティーンを行ってから作業着に着替えて、車庫に向かった。
 今日は土曜日、学校が休みなので田起こしだ。
 今度は週末しか農作業ができない人たちに、トラクターを操作する姿を見てもらわないといけない。

 ちょっと嬉しい事に、今日は空が曇っている。日焼けの心配はそれほどしなくていいので、普通の麦わら帽子を被る事にした。

 見物客(近所の住人)が見ているなか、午前中に田んぼ二枚を起耕した。やはり小さいトラクターだと効率が悪い。だが、小型特殊車両しか運転できないので、我慢するしかない。

 三隈は、田起こしを終わりにして、一度家に帰って昼食を取った。その後、運搬車に刈払機とガソリン缶、熊手と松葉箒を載せて一昨日(おととい)田起こしをした田んぼに運搬車を走らせた。

 草刈りも土公神の祟りがかかわるので、春の土用前に一回はやっておかないといけない。

 そこで、刈払機を使って畦の雑草を刈って行った。田んぼ一枚分の畦を刈った後、松葉箒と熊手を使って雑草を集めて運搬車に乗せた。
 このような作業の時、天然ゴム背抜き軍手は役に立つ、イボ付き軍手最強と言ってる世間知らずのうんちくオヤジにビンタ食らわしてやりたい。
 同じ作業をもう一枚の田んぼでも行った。

 雑草を積み終わって一息ついた時、三隈の手の甲に水滴が付いた。空を見上げると暗い雲に覆われていて、西の空にはさらに暗い雲が湧いていた。

 もうすぐ雨が降り出す、そう思った三隈は急いで運搬車を走らせて家に戻り、敷地の片隅に設置した雑草置き場に草を下ろした後、運搬車を納屋に入れた。

 手ぼうきで作業着に付いた雑草を掃き、その後急いで母屋(おもや)に入った。

 玄関で靴を脱いで上がろうとした時、外から雨が降る音がしてきた。

 三隈は、なんとか雨に降られずに済んだとホッと一息ついた。とりあえず手を洗ってお茶でも飲んで一息つこうと思ってリビングへ行き、ダイニングテーブルに座ってお茶を淹れて飲み始めた。

 三隈は、湯飲みを両手で包み込むようにして持ったまま、考えていた。

 これで地域の人たちに、自分が農作業に励む姿を見てもらうことができたと思って、ひと安心していた。
 見物客(近所の住人)たちが、孫娘は先祖代々の土地を守るためトラクターまで操作している。と思ってくれれば上出来だ。

 それにしても、今日は田畑に出ている人がかなり多かった。“お嬢様”がトラクターを操作しているのが、さぞかし珍しいのだろう。

 下手くそとしか言い様がないトラクター操作を見ても、反面教師でしか役に立たないと思うのだが、若い女性がトラクターを動かしているのを、滅多に見た事ないのだろう。まるで珍獣あつかいである。

 「あーっ、面倒くさい」

 三隈は、半ば無意識にぼやいていた。
 窓の外では、三隈の心の荒みを表すかのように、雨が強くなっていた。


 =======


 翌日は、朝から雨だった。
 三隈は、予定していた田起こしを中止にせざるを得なかった。
 ぬかるんだ田んぼに入ると、悪路走破制にすぐれたトラクターでもスタックする。
 さらに無理に耕耘しても、水をタップリ含んだ土は重く、クラッチやPTOの焼き付き、ロータリーの刃の湾曲を起こしかねない。

 だから農家は、雨の日は納屋(倉庫)やハウスでできる作業しかしない。

 自然相手の農業は、いつも天気を気にしないといけない。
 机上の空論を振り回す、ウンチク爺にヤキを入れてやりたい。

 朝食の後、家の掃除を始めて、比較的早く終わった。
 そのあと休憩を兼ねて、日曜の朝にオンエアされる、女子高生やたくさんの大きなお友だちが見ているアニメ、【よにんはキラメイター】を見ることにした。

 - このアニメを見ていると、心が癒される。出演者はみんな可愛いし、ダンスもスッゴく上手だし、ゲストで出てくる俳優さんはみんなイケメンだし。私もあんな可愛い衣装着てみたいな~。ワタシのココロ、ふぁんふぁんしちゃう~ -

 心にエネルギーを補充した三隈は、お昼まで勉強した。
昼になったので、昼食の用意をしようと冷蔵庫を開けて中をみた時、思わず天を仰いで嘆いた。

 「あーっ、やっちゃった。食べ物がない・・・」

 冷蔵庫の中には、牛乳や卵などごくわずかのものしかなかった。金曜日の夕方に買い物する予定だったのをお茶してしまったのだから、自己責任だ。

 とりあえず、残り物の高野豆腐入りそばで簡単な昼食を済ませた後、買い物に出掛けることにした。

 デニムパンツにはきかえ、スウェットの上にライディングジャケットを羽織った。
 さらにその上にレインウェアを着て、レインブーツを履いた後、レインパンツの裾がブーツの外側に出る様に伸ばした。

 買い物袋とヘルメットを持って、折り畳み傘を差して玄関を出た。

 納屋に入って傘を閉じ、ヘルメットを被った後、スクーターのカバーを外して、買い物袋と畳んだ傘をラゲッジスペースの中に入れ、スクーターのエンジンをかけた。

 暖気ができたので、スタンドを倒してスクーターに跨がった。

 「雨の中、走りたくないな・・・」

 と呟いてしまった。

 買ったばかりの新車を、まだ汚したくないという感情は、バイクや車を買ったばかりの人は誰もが持つものだ。
 だが、どんなに大切に乗っていても、いつかは汚れてしまうものである。

 また、バイクで走行した経験がある人は、雨の日を嫌っている。濡れる以外に晴天の日より危険が多いからだ。

 しかし、今の三隈にとって、いきなり雨天時の登校をする前に、雨中走行の練習ができるまたとない機会だ。

 三隈は、雨の中にスクーターを乗り出した。

 道路に出てバイクを加速させると、雨粒がヘルメットやレインウェアに当たって、結構大きな音がする。
 道路に当たる雨の音、タイヤが道路の水をはねる音、今までと違う音がたくさん聞こえ、周囲の確認が今までより遅れる。

 ヘルメットに雨滴が付くので、視界が遮られそうになる。
 横を追い越していく車がはねる水しぶきがかかってくる。
 すべてが、転倒などの事故の危険につながりかねないものだった。

 - バイク乗りが雨の日を嫌がる理由が、よく分かるわ~ -

 そう思った三隈は、できるだけ見通しの良い間道を通って、比較的家から近いスーパー「との」に行く事にした。

 家の近くのスーパーは、「との」以外に「エブリデイ」があるが、「エブリデイ」は道の駅に隣接しているため、週末は行楽客が多数訪れて昼間は混雑している。

 さらに「エブリデイ」は、屋根のある駐輪場が設置されていないため、バイクで来た客はレインウェアを着たまま入らざる得ないが、濡れたまま店内を歩くと水滴が落ちるため、観光客からの苦情を気にする店から注意される。
 それらの理由で、雨の日は地元民が買い物をする「との」一択になる。

 何とか無事に「との」に着いた三隈は、シートを少しはね上げて傘と買い物袋とウェスにする予定のタオルを取り出した。
 店の入口で、ヘルメットやウェアの外側に着いた水を、可能な限りふき取ってから店内に入った。
 もちろん、マナーを守ってヘルメットは脱いで、腕にぶら下げている。
 
 店内に入った三隈は、鶏肉を始め数日分の食材を購入した。
 いつもは、献立を考えながらゆっくり買い物をするのだが、ウェアから落ちる水滴が気になるので、急いで必要な商品をかごに入れた。
ついでに持っていると邪魔なヘルメットも一緒に入れた。

 レジで会計を済ませて、買い物袋に食材を移し替えてからヘルメットを被り、店の外に出た。

 三隈は、スクーターのリアボックスに買い物袋を入れて、蓋を閉めた。
 そして、再びスクーターに跨がり、発進した。

 三隈は、無事に家に帰る事ができた。
 納屋にスクーターを止めてから、レインウェアを脱ぎ、あらかじめ用意していた物干し竿にかけて干した。そしてリアボックスを開けて買い物袋を取り出した。

 傘を差して、母屋に上がって台所に行き、冷蔵庫の中に買い物袋の中身を入れていった。冷蔵庫に入れなくていいものは、納戸や食品棚にしまった。

 その後、手を洗ってお茶を淹れて飲み始めたとき、首の後ろが冷たかったので、手を髪の毛に当てると、ゴムひもやその付近の髪が濡れていた。

 まとめた髪の毛はレインウェアの内側になるようにしていたはずだが、ヘルメットとウェアの隙間から入った雨で濡れたようだ。

 三隈は、濡れた髪を乾かすために、ドライヤーがある自分の部屋に上がっていった。

 三隈は、雨はバイク乗りにとって大敵だ、という理由(わけ)を実感した。それと同時に雨の日対策を考えないといけない、と思った。

 明日は月曜、また学校が始まる。
 三隈は、明日の登校に備えて準備を始めた。
 でも、その前に雨に濡れたスクーターを拭き掃除くらいはしておこう。そう思った三隈は、髪を乾かした後、ウェスやバケツを取りに、洗面所に向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

私は三隈、よろしくね

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み