第6話  配達

文字数 3,328文字

  三隈(みくま)は終業式が終わって家に帰ると、前日までにまとめていた荷物に、春休み中の宿題などを詰め込み、早速タクシーを呼んだ。

 かねてからの計画通り、春休み中に二輪免許を取るため、合宿教習を行っている関東某県の教習所に行くのである。

 準備を整え、玄関の上がり(かまち)に座ってタクシーを待っているとき、三隈は少し不愉快な気分になった。

 タクシーに乗る三隈を見かけた近所の住人は、今日三隈が免許を取るために出かけたことをあちこちに言いふらすだろう。
 そして、明日になれば"ムラ"の大半の人がその事実を知ることになる。
 すでにバイク通学をすることは、ムラのほとんどの人が知っていて、茶飲み話のかっこうのネタになっている。
 プライバシーや個人情報の守秘義務など無視して噂話のネタにする、彼らの前近代的な行動が容易に想像できたからである。
 しかし、田舎で暮らすということは、"ムラの掟"に従う必要がある。掟に逆らえば三隈もただではすまない厄介な事態になるので、明日の自由を信じて"健気な孫娘"を演じなければならない。

 三隈がそんな不愉快な感情を抑え込んだとき、タクシーのクラクションが家の外から聞こえてきた。
彼女は上り框から腰を上げた。


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 三隈は、合宿教習で卒研に合格した。四月初旬に県の免許センターに行き、学科試験と適正試験を受けて合格し、無事免許を取得できた。

 彼女がもらった免許証を見て最初に思った事は、

 「うわっ、この写真、すごく不細工に写ってる」

 という、運転免許を初めて取った人がほぼ全員思うことだった。

 そして一旦免許証をリュックに仕舞って、スマホで学校、祖母、バイク屋に電話をかけ、バイクの受領日、バイク通学許可願提出と保護者説明の日程を決めた。
 許可願提出と保護者説明は始業式前日の午後、バイクの受領は始業式の前々日になった。

 三隈は、スマホを仕舞って免許センター前バス停に行き、春の日差しに照らされている景色を見ながら、帰りのバスを待った。
 バスに乗り座席に座った後、膝の上に置いたリュックから再び免許取り出して、見直した。

 - これでやっと公道でバイクに乗られる -


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 待ちに待った、バイクが配送される日がやってきた。

 三隈は、朝からこみ上げる嬉しさで顔がにやけるのを感じながら待っていた。
 ただ、いくら嬉しいからと言って家事を放っておくわけにもいかないので、朝食の後片付け後家の掃除を始めて待つことにした。

 三隈に限らず、一人暮らしは掃除、洗濯、炊事と家事一切を自分で行なわなければならない。
 熱が出て動けないときでも、気合いと根性で食事を用意するなど最低限の事はしなければならない。
 フィクションで書かれる、気楽な一人暮らしを実行すれば、ごみとカビに埋もれた部屋で残念な生活を送る事になる。

 リビングの掃除が終わり、玄関近くの廊下に掃除機をかけているとき、外からクラクションの音がした。
 その音を聞いた彼女は、掃除機を止めてつっかけを履き、玄関から顔を出した。

 門の外に止まった軽トラの運転席から仁の笑顔が見えた。荷台にはバイクが載っているのが見えた。

 「すぐ、門を開けまーす」

 三隈はつっかけを履きなおし、急いで門に駆け寄り門扉を開け、あいさつをした。

 「おはようございまーす」

 「おはよう、三隈ちゃ、イテッ」

 あいさつを返そうとした仁が急に変な声を出して、軽トラの助手席側を向いた。

 「痛ってーな、かあちゃん、いきなり叩く事ないだろ」

 「馬鹿者、お嬢様に向かって、みくまちゃん、はなかろうが、この身の程知らずが」

 「本人が三隈(みくま)でいいって言ってるんだから、いいじゃないか」

 「何を言っとる、名主様の大切な跡取り娘を、そこいらの女性と一緒にするでない」

 「あのー、よろしいでしょうか」

 三隈は、仁とその母親の口論が終わりそうにないのを見て、話に割り込んだ。

 「門を開けましたので、家の敷地の中に軽トラを入れていただけないでしょうか」

 「これは、失礼しました。仁、早う車を中に入れるんじゃ」

 「わかったよ、かあちゃん」

 軽トラは、門の側に立つ三隈の側を通りすぎ、家の敷地内に入っていった。

 軽トラが中に入ったのを見た彼女は、門扉を閉めようとしたが、遠くからこちらを見ている視線を感じたので、門を開けたまま停車中した軽トラの方に駆け寄った。

 門を開けたまま敷地内が見えるようにした理由は、噂話以上の事はやっていない事を近所の住人にアピールするためであると同時に、新たな噂の火種を起こさないためでもある。

 「み、ごほっ、お嬢様、軽トラはこのあたりに止めていいか、てっ、よろしいでしょうか」

 「ええ、その場所で大丈夫です」

 仁の慣れない話し方に、吹き出しそうになるのをこらえて、三隈は笑顔で返事をした。
 その後、軽トラから降りてきた仁の近くに駆け寄り、弾む声で、

「仁さん、配送ありがとうございます」

と言って、仁とバイクを交互に見た。
 目をキラキラさせてバイクを見ている彼女を、微笑ましい顔で見ていた仁は、おもむろに切り出した。

 「み、お嬢様、これからバイクを降ろすので、ちょっと待ってて、納品書とかは、うちの婆さんが持っているから、受け取って」

 そう言い、仁は軽トラの荷台の側に行き、バイクを固定しているロープをほどき始めた。

 それと入れ替わるように、運転席の前からおおばあさんが三隈の前に立った。

 「おはようございます、お嬢様」

 「おはようございます、おばあさま」

 挨拶を交わした後、仁の母が恭しくウェア類とその上にのせたA4サイズの封筒を差し出した。

 「衣類と納品書などか入った封筒でございます、中を改めて下さりませ」

 「ありがとうございます」

 三隈は、お礼を言ってウェア類を受け取り、両腕で抱えるように体の前に置いて、おばあさんの顔を見た。

 「お願いですから、もうお嬢様と呼ばないでください」

 三隈の訴えに対して、おばあさんは、至極真面目な顔をして、言った。

 「滅相もない、お嬢様はお嬢様ですからの」



 老女は三隈のお願いをかたくなに拒んだ。彼女は諦めて、受け取ったウェア類を玄関の下駄箱の上に置きに行こうとした。
 その時、おばあさんに向かって、

 「立ったままでは話をしづらいので、縁側に座ってお待ちいたたけませんか」

 「名主様のお宅に上がるなど、滅相もない」

 「そうおっしゃらず、縁側なら家に上がり込む訳ではないので、座ってもいいと思いますし、たずねて来た人にお茶の一杯も出さないなんて、"けちな名主"と思われると恥ずかしいですから」

 遠くから中の様子を見物している近所の人を意識して、三隈はお茶を勧めた。おばあさんは少し考え、返事を言った。

 「そうおっしゃるのであれば、少しだけ縁側をお借りします。その前にヘルメットが入った箱を取ってて来ますじゃ」

 おばあさんがヘルメットを取りに言ってる間に、三隈はウェア類と納品書を玄関横の下駄箱の上に置いて、急いでリビングに行き、お茶を入れ、お茶請けも載せたお盆を載せて縁側に運んだ。

 彼女が縁側に着くと、ちょうどおばあさんがヘルメットが入った箱を持ってきたので、お盆を縁側に置き、箱を受け取った。

お茶をおばあさんに勧め、三隈は箱を持って立ち上がり、玄関へ歩いていった。
下駄箱の側で箱を開け、中のヘルメットを取り出し、下駄箱の上に置いた。そして、またつっかけを履き、玄関の外に出た。

外に出ると、ちょうど仁がバイクを降ろして、玄関前に押してくるところだった。

「お待たせー、三隈ちゃん」

仁はのんびりした声でいった。

「待っていました」

と三隈は答え、バイクの方に歩き出した。
バイクの側に来た彼女に、仁は、

 「じゃあ、みく・・、お嬢様、納車時の傷等を確認してください」

と縁側に座る母親をチラチラ見ながら言った。

 - いよいよ、このバイクの所有者になれる -

 三隈は期待と緊張でこわばり気味の顔で、ジンが話すバイク各部の確認と説明を聞き始めた。
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