第27話 三隈とゼファーχ、首都高を走る

文字数 6,060文字

三隈が操るゼファーχ(カイ)は、路地から大通りに入った。入るとすぐにシフトアップを繰り返して、他の車の流れに乗るように加速した。
 三輪スクーターと違って、排気量が大きい分加速が速い。

 マルチ特有の軽快なエンジン音を楽しんでいた三隈だが、すぐにある異変に気づいた。

 - ナビの音声が聞こえない、Bluetoothを繋ぐの忘れてた。 -

 三隈は、道路左側に見えたコンビニの駐車場に入り、バイクを止めた。

 ヘルメットを脱いで、サイドミラーにひっかけた後、ツーリングバッグのサイドポケットから、インカムセットを取り出し、ヘルメットに取り付けた。

 そして、ヘルメットを被ってスマホを操作して、Bluetooth接続をして、スマホの音声が聞こえることを確認した。
 その後、スマホをグローブ操作モードに変更してからホルダーに固定し、バイクを駐車場から出すためにバック方向に押して方向転換を始めた。

 バイクが駐車場出口を向いたので、押すのを止めてバイクに跨がろうとした時、声をかけられた。

 「ねえ、君、お兄さんたちと一緒にツーリングしない」

 三隈が声のした方に振り向くと、いかにも昔バイク小僧やってましたと顔に書いてある年寄りが、本人はかっこいいと思っている変なポーズ(ジョジョ立ち?)で立っていた。

 その後ろには、いかにも昔“やんちゃ”してましたと顔に書いてある、リターンライダーらしきジジイが数人いた。

 三隈はバイクに跨がってから、年寄りの方を向いて言った。

 「バイクの陸送している最中(さいちゅう)なので、お断りします」

 そして、さっさとギアを入れて発進し、その場を離れた。

 - あっぶなーい、危うくナンシーおじさんに捕まるところだった。 -

 三隈に限らず若いバイカーにとって、ナンシーおじさんは迷惑な存在だ。

 排気量に限らず、すべてにおいてマウント取りたがる習性は迷惑以外の何者でもない。しかも、ご機嫌取りを怠るとすぐ不機嫌になり楽しい雰囲気をぶち壊す、本当に困った存在だ。
 若者だけでなくシニアライダーも、彼らのせいでナンシーおじさん扱いされるという、とても迷惑な存在だ。

 危ないおじさんに絡まれず済んでホッとした三隈を乗せて、ゼファーχは首都高のランプに向かって走り続けた。

 三隈が赤信号に引っかかって止まった時、何気(なにげ)に燃料計を見たら、メーターはEとFの中間を指していた。

 - いけない、忘れてた。ガソリン満タンにしないと高速でガス欠になる。 -

 青信号になってバイクを発進させた三隈は、道路の左側にガソリンスタンドの看板を探しながらバイクを走らせた。そして、最初に目についたガソリンスタンドに飛び込んだ。

 バイクを停止させエンジンを止めて、ガソリンを給油を頼もうとして周囲を見回して、目に飛び込んできたのは、【セルフ】の文字だった。

 - ゲッ、セルフ給油の店だった、給油方法がわかんない、どうしよう -

 三隈の知っているセルフ給油は、オフロードバイクを運転していた頃、ガソリン缶から燃料タンクに注ぎ込む方法だけである。ガソリンを買ってくるのは、父親だった。

 この経験のおかげで、刈払機や運搬車の給油は問題なくできるが、ガソリンスタンドで給油ノズルから直接タンクにガソリンを入れる経験をした事はない。

 いつも通っている農協系スタンドは、いわゆるフルサービスの店だ。

 三隈はオロオロしそうになったが、事務所に数人の店員がいる姿が見えた。ちょっと恥ずかしいが給油方法を聞くために、事務所に向かって歩き出した。

 事務所へと歩く三隈に気づいた女性店員が、立ち上がって三隈に声をかけた。

 「お客さん、何かご用ですか」

 「あっ、はい、ガソリンの入れ方がよく分からないので、教えて欲しいのですが」

 三隈は、少し恥ずかしそうな声で答えた。

 「分かりました、お客さんのバイクの所に行きますよ」

 そう言って、女性店員は三隈と一緒にバイクのある方へ歩きだした。
 三隈は、女性店員に気づいてもらって、内心ホッとしていた。
 そして、三隈は店員から給油機の操作方法を教えてもらい、初めて、自分のバイクに給油した。

 三隈がタンクの口一杯にガソリンを入れようとすると、キャップをはめた時タンクから溢れると言って店員が制止するなど、ドタバタしながら給油を終えた。

 無事給油を終えた三隈は、バイクを発進させてガソリンスタンドを出た。
 それほど走らないうちに、首都高速道路の進入ランプの標識が見えた。

 - いよいよ、ゼファーχに乗って初めての高速、ETCさん、ちゃんと作動してよ~ -

 三隈は、車の流れに乗って車線変更を行い、ランプへと進入した。

 そのランプの途中に料金所がある。三隈はゼファーを【ETC/一般】と表示された車線に変更した。

 - お願い、ちゃんと作動して -

 三隈の祈りが通じたのか、車載器はピンポーンと言う音を立てて正常に作動し、何事もなく通過できた。
 
 三隈は一瞬ホッとしたが、すぐ次の試練がやって来た。バイクをランプから本線に合流させなればならない。

 首都高は合流路が短い上、本線の通行量も多いため、慣れたドライバーでも本線合流は緊張する。運が悪いと、本線を走っている車に合流をブロックされることがある。

 だからどのドライバーも本線を走っている車同士の隙間に、自車をねじ込むように合流している。
 
 三隈は、ゼファーχのギアを2速にしてスロットルを大きく開けた。

 タコメーターの針が右に振れると同時にエンジンが大きく唸り、一気に加速して車同士の隙間に入り込み、本線に合流した。

上手く合流できた三隈は、速度を落とさないように注意して、ギアをシフトアップしてエンジン回転数を下げていった。

 ゼファーχは、首都高を六十キロメートル+α(アルファ)で快調に都心方向に走っていった。
 首都高の制限速度は六十キロメートルだが、誰も守らない。制限速度を守ると、渋滞や事故の原因になりかねないので、守れないというのが実情だ。

 首都高は初心者にとって走りにくい道路だ。車間距離を開けるとその隙間に車が次々と割り込んでくる。 
 そのため、前走車との間を急ブレーキを踏まれてもぶつからないギリギリに車間距離をつめると共に、周囲の車の動きに常に注意を払う必要がある。
ジャンクションで行き先を間違えそうになってあわてて他の車線に割り込んで、事故を起こすなど日常的にある。

 三隈は、ゼファーχを走らせながら、ナビに複雑な首都高のルート設定をしてないことに気づいて、入力と休憩できるパーキングエリアを探していた。

 しばらく走っていると、前方に【PA】の標識が見えた。

 三隈は、ウィンカーを点滅させ、パーキングエリアに入っていった。駐輪スペースにバイクを止めた。

 バイクを降りた三隈は、ヘルメットを脱いでからリアのバッグからワイヤーロックを取り出し、バイクと駐輪場の支柱をしっかりくくりつけた後、スマホをホルダーから外してPAの建物に入って行った。

 三隈は、入口近くのラックに差してあった首都高のドライブMAPを一部取り出し、自動販売機でスポーツドリンクを買い、近くのカウンター席に座ってMAPを広げた。

 - ここからだと、C2(首都高中央環状線)を経由して、西新宿ジャンクションから四号新宿線に乗って、中央自動車道に出るのがいいみたい -

 そう考えた三隈は、ナビにC2経由のルートを打ち込んだ。
 念のため渋滞情報表示パネルを見て、C2が渋滞していない事を確認してから、建物の外に出た。

 三隈は、スマホをホルダーにセットした後、ワイヤーロックを外してヘルメットを被ってからグローブをはめて、バイクを後ろに押して駐輪スペースから出した。

 ゼファーχに跨がってエンジンをかけると、空冷マルチ特有のサウンドが辺りに響いた。エンジンが暖まっているので、やや軽い音だ。
三隈は、ヘルメットのバイザーを閉めると、再びバイクを発進させた。

 三隈は、短い合流加速線を一気に加速して本線に合流した。そして、ある程度都心に向かって走った後、ジャンクションを通ってC2内回り線に乗って、ナビの音声案内に従って西新宿ジャンクションに向かって走って行った。

 首都高C2中央環状線は、C1都心環状線より建設年代が新しいため、ある程度車の走行しやすさを考慮しているが、C1都心環状線よりマシと言った程度である。
 C2は、都心のC1を避けて東北道や関越道と東名高速とのバイパスとして走り抜けるトラックが多いため、C1ほど激しい渋滞はそれほど起きないが通行量が多く、バイクで走ると結構怖い。
 特に、C2の5号池袋線との輻輳(ふくそう)区間である板橋ジャンクションから熊野町ジャンクションの間は、車線変更する車両が多く、バイクや自動車など車両の種類にかかわらず、一番注意が必要な区間である。

 三隈は、他の車の流れに逆らわないように走る事を心がけた。
 コーナーが近づくと適度に減速して、軽く体重移動をして曲がり、コーナーの出口が近づくと、スロットルを少し開け加速する。
 なるべくトラックに挟まれないように、気をつけて走り続けた。
 一番怖いのが、ルーフにはしごを乗せた1BOXカーだ。時短命のガテン系が運転しているため、頻繁に車線変更を繰り返し、他の車より少しでも速く走ろうとする。夜のルーレット族と同じくらいたちが悪い。

 彼女は、ゼファーχを運転するのが初めてだったので気づけなかったのだが、フロントフォークのOHやリアサスの交換によって、バイクの挙動が良くなっているので、スムーズに走行する事ができていた。サスの整備を怠っていたら、彼女は首都高の走行で体力と精神を消耗していただろう。

 三隈は西新宿ジャンクションで4号新宿線に乗った時点で、少しホッとした。
4号新宿線はそのまま中央自動車道に繫がっているので、ナビがなくても道を間違える事はないからだ。
 4号新宿線に入ったのは週末午前の渋滞が終わる時間だったので、三隈が予想していたより車の数が少なく感じた。
 おかげで三隈は、スムーズにバイクを走らせる事ができた。

 三隈は、高井戸インターを過ぎたあたりから、バイクの速度を上げた。
 八十キロメートルを越えてバイクを走らせても、三隈が思っていたほど強い風圧を感じない。ミニ風防が以外に効果を発揮しているようだ。

 三隈は、余裕ができたので音楽でも聴こうと思ったが、パーキングエリア着くまでは我慢することにした。
 慣れていないバイクで、初めての道を走行している最中に慣れない操作は事故の元だ。ましてや他の車の音が聞こえづらくなる音楽は、一歩間違うと大けがをする事故につながりかねない。
 だから我慢したのだが、三鷹料金所を過ぎ、調布IC、稲城IC、国立府中ICと過ぎていくと、ICで合流してくる車に注意する位で、緩やかなカーブが続く単調な道が続くため、次第に下半身のこわばりが気になりだした。
 三隈は、ステップから足を外してある程度伸ばして、こわばりを取ろうとした。

 三隈が走っている横を次々とバイクが追い抜いていく、いわゆる「すり抜け」をするバイクが結構多く見かけた。
 彼女も、すり抜けするバイクを追いかけて行きたい衝動に駆られたが、我慢する事にした。
ゼファーχで高速を走るのは初めてなので、すり抜けをして事故に遭えば目も当てられない。

 そして、次第に集中力が落ち始めたと自覚した時、【石川PA】の標識が目に飛び込んできた。

 三隈は左ウィンカーを点滅させ、パーキングエリアに入っていった。PA内をゆっくり走って、建物近くにある二輪車の駐車スペースへバイクを止めた。

 三隈は、バイクを降りて、ワイヤーロックをかけた後、PAの建物に向かって歩きだした時、膝がガクッとした。

- 首都高を走ったせいか、想像以上に足に来ているみたい。しばらく休んだ方がいいみたい。 -

 三隈は、そんな事を考えながら建物の中に入っていった。

 洗面所で髪の毛を整えるなどの用を済ませた後、自動販売機でスポーツドリンクを購入して、近くの休憩スペースの椅子に座ってゆっくりと飲み始めた。
 全部飲んでしまって、空のボトルをテーブルに置き、椅子の背もたれによりかかって、ぼんやりと周囲を眺めていた。

 - 少し疲れたみたい。帰りが遅くなってもいいから、長めに休憩をとろう。 -

 石川PAは、比較的都心に近いため、通りすぎる車が多く、それほど混んでいなかった。
 その中でも見かけるのは、小さな子供を連れた家族だ。おそらく子供が退屈するので、気分転換で外に連れ出すのだろう。

 三隈は、目の前を行き交う人々をぼんやり見て、自分が子供の頃も同じようにしていたんだと思った。

 三隈は、少し眠ろうかと思ったが、まだ今日の全行程の1/3しか走っていない。明るい内に笹子峠は越えておきたい。

 そう思った三隈は、眠気覚ましのコーヒーを買うために立ち上がった。

  三隈は、コーヒーを飲み終えてカップをゴミ箱に捨てた後、バイクの側に歩いていって、ワイヤーロックを外して、バッグにしまった。
 そして、ヘルメットを被ろうとした時、すぐ側に止まっていたミニバンのドアが開いて、中から音楽が聞こえてきた。

 - あっ、魔女の宅急便の曲だ -

 三隈の耳に飛び込んで来たのは、エンディング曲の【やさしさに包まれたなら】だった。

 その瞬間、三隈の脳裏にフラッシュバックが起きた。

***

 『パパ、なんでわたしのために、バイクを買ってくれたの』

 『それはね、三隈が将来なりたいものは何だったかな』

 『う~んと、まほうつかい。まほうのほうきにのって、おそらをとんでみたい』

 『このバイクはね、三隈が欲しがっていた魔法のほうきの代わりなんだよ』

 『ホント~、これにのったら、みくまもおそらをとべるの』

 『残念だけと、空は飛べないんだ』

 『えーっ、つまんない』

 パパは、ちょっと寂しそうな顔をした。

 『でもね、このバイクに乗れは、どこまでも遠くに行けるよ』

 『どこまで、いけるの』

 『どこまででも、好きなところに行けるよ』

 『ホントー、みくま、ほっかいどーに いってみたい』

 『そうか、三隈の行きたい所なら、どこへでも行けるよ、だから魔法のほうきの代わりなんだよ』

 『そうだったんだー、パパありがとう』

***

 三隈は、フラッシュバックした記憶をきっかけに、昔の記憶が次々とあふれてきた。

 サービスエリアで父親と一緒に食べたソフトクリームの味、リアシートから見た美しく薔薇色に輝く朝日を浴びた山並み、潮を含んだ海風の匂いを感じながら見た陽光にきらめく海、海沿いの店で食べたシラス丼、急な雨に降られて急いで近くのパーキングエリアに駆け込み雨具を着た事など、父親とツーリングに行った時の懐かしい思い出があふれて止まらなかった。

 - バパ、何で私を置いてどっかに行ってしまったの -

 三隈は、いつの間にかバイクの側にしゃがみ込んで、泣いていた。
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