第10話 初登校

文字数 4,767文字

 学校でバイク通学許可証を受け取った三隈は、家に帰らず、そのまま祖母を病院に送っていった。病室まで付き添い、看護師さんに祖母を預けてから医者や看護師長にあいさつをした後、また、タクシーに乗り家に帰った。
 三隈は、自分の部屋に戻って、制服からスウェットに着替えてからベッドに座った途端、どっと疲れが出た。
 彼女は、ベッドに仰向けに寝転び、右うでをおでこに乗せた状態でぼやいた。

 「あー、疲れた、ばあばを連れて学校に行くのが、こんなにしんどいとは思わなかった」

 そう言って、そのまましばらく目をつぶっていた。

 三隈は、母方の祖父母と初めて会ってから、まだ一年とちょっとしか経っていない。
 他人行儀なよそよそしさは、お互いに抜け切れていない。

 しかも彼女とって祖父母は、単に存在を知らなかったと言うだけの話だが、祖父母にとっては"自分たちの元から"蒸発"した娘の子"という、どう取扱えばいいか分かりにくい存在だ。気苦労は祖父母の方が多いだろうと、彼女は思っている。

 気苦労の分だけ祖父母孝行をしてあげよう。幸いな事に祖父母は、三隈が同居しているだけで満足しているところがある。母に"蒸発"された事が(こた)えているようだ。今はその気分に甘えることにした。
 
 三隈は、ベッドから起き上がり作業着に着替えた。明日の始業式で始めてバイク登校をするのだから、スクーターの埃を落とそうと思ったためだ。

 彼女は、ぞうきん、マイクロファイバー製の布巾、霧吹き、潤滑スプレー、ブラシなどをバケツに入れて、納屋に持って行った。
 スクーターにはカバーが掛けられていた。納屋は瓦葺きの屋根に土壁で建っている。古い建物では細かい埃が常に降っている。ガレージと同じ感覚で仕舞って放置していると、埃まみれになったバイクを目にすることになる。

 三隈は、カバーを外し、中庭の入口近くのコンクリートまでスクーターを移動させた。暗い建物の中では汚れを見落とす事になるので、明るい外に移動させたのだ。

 最初は、埃落としだ。百均で買った埃取り用ブラシで、スクリーンからメーター、シート、車体と上から下へと埃を取り除く。

 ブラシで取れなかった汚れは、霧吹きで水をかけ拭き取っていく。最後は乾いた雑巾とマイクロファイバーの布巾で、水垢がつかないように、乾拭きをした。
 新車だから、ひどい汚れもなく、直ぐに終わった。

 三隈は、綺麗になったスクーターを見てるうちににやけて、ちょっとの間眺めてしまった。

 やっぱり自分の愛車は、良いものだ。

 掃除が終わったスクーターをまた納屋に入れ、カバーをかけた。そして、家に戻って、雑巾などの掃除道具を片付けた。

 三隈は夕食の準備と明日の登校の準備を始めた。


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 ピーッ、ピーッ、ピーッ

 三隈は、スマホのアラームで目を覚ました。ゆっくり上半身を起こして、つぶやいた。

 「お・は・よう、ございます」
 
 三隈は、誰もいないのに挨拶の言葉を口にした。子供の頃母に起こされていた時の癖だ。祖父母と同居するようになってから、この癖が再発している。
 ぼんやり周囲を見回してから、枕元に置いたスマホを見て、時刻を確かめた。

 【六時三十分】

 今までより、三十分遅い起床だ。

 三隈は、ベッドを降りて鏡台の前に向かった。鏡に写った爆発した髪の毛を見て、ナイトキャップ被り忘れた、セット三十分コースだな、とゴムバンドと髪()き用のブラシを片手に持ち、洗面所に向かった。

 洗面台の前に立って髪をヘアクリップで垂れないようにしてから、顔を洗い始めた。夜中に出た顔の脂を落とすため洗顔料で洗った後、多めのお湯で顔を丁寧に洗った。その後ヘアピンを全部外して、髪を大雑把に()いてから、ゴムバンドでまとめた。爆発した髪をまとめるのは朝食後だ。寝癖直し用タオルに水を染み込ませてから、タオルを持って台所に向かった。

 台所についたら、電子レンジに濡れタオルを入れ、蒸しタオルを用意する。
 朝食は、一人暮らしになってからパンをたべるようになった。食パン二枚をオーブントースターで焼く。焼いている間に出来上がった蒸しタオルで髪の毛ごと頭をくるむ。タオルが熱いが爆発した頭で人前に出るわけに行かない。

 パンが焼き上がったら、熱いうちにバターをタップリ塗る。カップに入れた牛乳にプロテインを溶かして、食パンを食べたら牛乳で胃に流し込む。

 パンを焼く時間を入れても十分で朝食を終え、残った牛乳でマルチビタミン剤を飲む。健康と美肌にビタミンとミネラルは欠かせない。

 三隈の両親は、いち早く糖質制限ダイエットを取り入れた食事にしていたので、彼女がつくる料理も母親譲りのタンパク質を中心にした食事になってしまう。

 食べ終えたら、歯みがきを始める。その最中にアラームが鳴る。ご飯が炊けた合図だ。
 歯みがきが終わったら、台所で弁当箱にご飯を詰める。おかずは昨日作った鶏胸肉の漬け込み焼きチキンと、冷凍した茹でブロッコリーだ。

 ご飯にレトルトカレーをかける手抜き昼食を保健の先生に見つけられたら、「死ぬ気か!!」と小一時間説教される事は確実だ。
 
 三隈が通っている高校では、大掃除と始業式の後、新しい学級(クラス)ロングホームルーム(LHR)が行われ、昼休みの後、入学式の準備を行う事になっている。だから、昼食が必要となり、始業式の日なのに弁当造りをしないといけない。

その代わりではないが、始業式の翌日は入学式のため、学校は休み。登校する在校生は、生徒会役員と新入生勧誘のために運動部に所属している子くらいだ。

 彼女は、ちょっとのご飯とたくさんのおかずを詰めた弁当箱を、小さな風呂敷に包み巾着袋に入れた後、玄関横にある下駄箱の上に置き、自分の部屋に戻った。

 三隈は、蒸しタオルを巻いたままの頭にへアキャップをつけてから制服に着替え始めた。白いブラウスにブラックウォッチのタータンチェック柄のスカートをはき、クリーム色のベストを着てリボンタイをつけたところで、着替えを一旦やめ、バスタオルを肩に掛けてから、ヘアキャップと巻いた蒸しタオルを外すと、長い髪がバサッと下に落ち、ある程度寝癖が収まっていた。

 後は、ていねいドライヤーで乾かしながら、寝癖をまっすぐな髪になるように伸ばしていく。ていねいに根気よく、その作業を繰り返す。

 - ホント、あのアニメの主人公みたいにシャワー浴びた後、大雑把にドライヤーで乾かすだけで、きれいなショートボブになるなんて羨ましすぎる。あの髪の毛、絶対に形状記憶合金製だ。 -

 などと、つまらない事を考えながら、寝癖直しをしていると、髪の毛がストレートにまとまっていった。寝癖直し完了である。

 後は、前髪のスタイリングを簡単に行い、髪を梳き分けて中分にしてから、うなじより下の位置にヘアゴムが来るようにひと房にまとめた。
 長く伸ばした髪の毛はかなり重いので、一瞬顔が仰向けになる。

 その後、肩にかけてたバスタオルを外し、靴下を履いてブレザーを着てから、姿見(すがたみ)で服や髪が整っているか確かめた。スマホをブレザーのポケットに入れてから、ウィンドブレーカーを羽織り、腕時計をつけ、学習机に置いていた宿題や筆記用具その他を入れたリュックを持って、部屋を出て階段を降りた。
 玄関で、弁当箱をリュックに入れてから背負い、靴を履きヘルメットとグローブを持って玄関を出た。

 納屋に行き、スクーターに掛けていたカバーを外して、畳んだ後、棚の上に置いた。
 リアのボックスにリュックを入れてから、ヘルメットを被りグローブをはめて、スクーターのシートに座った。

 - さあ、行こう、始まりの一歩 -

 三隈は、そんな事を考えて、スターターボタンを押した。

 セルのキュルルと言う音がなってすぐ、エンジンがかかった。くぐもったエンジン音を聞きながらスロットルを開け、ゆっくりと前に進み、門扉の前で止まった。
 門を開けて家の前の道路にスクーターを一旦止めて、門を閉め鍵をかけた後、またスクーターに乗った。
 三隈が、シートに座って、前方に広がる景色を見てると、気分が高揚してくるのを感じた。

 - さあ、出発だ。 -

 三隈はスタンドをたたみ、スロットルを開いた。
 エンジン音が大きくなり、スクーターはするすると走り出した。三十キロメートルまで加速して、集落の間をすり抜けて行った。
 建物が途切れ、周囲に水田が広がる農道に入ると、またスピードを上げた。

 三隈は、今までと違う速さで景色が次々に後方に流れていくのを感じた。そして、あっという間に、横手日野春停車場線との交差点に着いた。
 信号が青に変わるのを待って、交差点を左折した。
 ここからは、通勤で走っている車の流れに合わせて走る。今までは自転車だったので、白線の外側を走っていたのが、今日は全走車を追いかける形で走っている。

 - は、速いな~、公道走るのは二回目だけど、速度違反をする車も多いから、上手く流れに乗らないと、(あお)られてこっちがケガする。 -

 地方の通勤は、過半数が自家用車による通勤である。渋滞に巻き込まれて遅刻しないように飛ばせるところで飛ばす車が多い。バイクがそれに逆らって低速走行をしていると、やや狭い道でも横を次々追い抜かれて、かえって危険である。

 安全な乗り方は、車の流れに上手く乗る事である。

 武川中学校を過ぎると、国道20号線のとの交差点である牧原交差点をまっすぐ通過して、釜無川を渡る。
 三隈は交差点の信号が赤に変わったため、一時停車した。信号待ちの間、目の前をどの車もかなりスピードを出して彼女の前を横切っていく。今日から始まる【学校渋滞】を避けるため早く出社したいという意思が、無意識のうちにアクセルを踏ませるのであろう。

 信号が青に変わり、三隈はスロットルをひねって発進した。スクーターは鋭い加速で交差点を走り抜けた。釜無川に架かった橋を渡ると、七里岩を上るため作られた九十九折りの急坂が待っている。
 自転車に乗っていた時はあの坂道を上るのに苦労していたが、スクーターに変わってどのくらい速く上れるのだろうか。

 三隈のスクーターは、上り坂にかかるとスピードが落ち始めた。定速走行をするためにスロットルをさらに開けた。落ちかけたスピードが元に戻って、快調に坂道を上り始めた。

 バイクの行く手に次々とコーナーが迫ってくる。
 ブレーキング、旋回、加速、これを繰り返して、自転車の時と比較できないほどの速さで坂道を上っていく。

 - オフロードバイクに乗っていた時の感覚をだんだん思い出してきた。気持ちいい -

 三隈は、コーナーをやや速めに走る抜ける事が、楽しくなっていた。
 しかし、今走っているのは公道だ、コーナーの先に何があるか分からない。タイトなコーナー抜けた先に枯葉の山があれば、フロントタイヤが滑る可能性がある。
 春でも杉の木っ端が道路に積もってることもある。
フロントタイヤが滑れば、三輪スクーターでも、転倒の危険性がある。
 特にこの道のように、ブラインドコーナーが多い九十九折りの坂は、慣れても慎重に走る必要がある。

 九十九折りの坂を上っていると、木々が途切れ視界が一気に広がった。
 JR日野春駅前を通っている、県道17号線の近くに来たという合図だ。
 そして、横手日野春停車場線と県道17号線の交差点が近づいた。信号が赤だったのでスクーターは停車した。
 三隈は、左手のグローブの手首側をめくって、腕時計を見た。

 - えっ、まだ、30分も経っていない -

 三隈は、二輪車ならぬ三輪スクーターの高速性能と登坂性能に、改めて驚いていた。

 県道17号線に入れば、学校は近い。
 三隈は、学校に着くまでの時間がどのくらい短縮されるか、楽しみになった。
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