第15話 職務質問

文字数 1,909文字

 警官はカブを降りて、トラクターの運転席に座る三隈のそばに歩みより、顔を上げて三隈にたずねた。

 「奥さん、免許証を見せていただけませんか」

 「・・・はい、今出しますので、待って下さい」

 三隈は、作業服の胸ポケットからパスケースを取り出し、ケースの中から運転免許証を取り出して、腕を大きく伸ばして警官に渡した。

 その後、マスクとサングラスを外して顔が見えるようにした。理由は警察官は運転免許の写真と本人の顔を見比べて人物照会を行うからだ。

 ついでに帽子も脱いだ。髪型も見えた方が人物照会もやりやすいし、見物客(近所の住人)に三隈本人だと確認してもらいやすいからだ。

今日は髪を左右二本に分けて、肩に引っ掛けて、身体の前側に垂らしている。

 警官は手を伸ばして、免許証を受け取り記載内容を見て驚いた。

 「名前は諫早(いさはや)さんか、この辺じゃ聞かない名前だな、えっ、社会人じゃないんだ、高校生くらいの年齢じゃないか、若い女の子が学校も通わずに、何でトラクターを運転しているんだ」

 「高校にはきちんと通ってます。今日は入学式で在校生は休みですよ、だから家の手伝いで田起こしをするために、トラクターを運転しています。ホントは甲府へ遊びに行きたかったんですけど」

 三隈は、高校生らしい言い訳を付け加えて応えた。
 警官は、質問を続けた。

 「このトラクターは、普通二輪免許で運転できるのか」

 「サイズは小型特殊自動車のサイズに収まっていますので運転可能です、ナンバーも取得していますので公道走行も可能です」

 警官は、三隈の話を聞いて、トラクターの周囲をぐるりと回って、大きさやナンバーの設置箇所を見て回った。
 そして、トラクターから少し離れた場所に行き、無線で誰かと話をしていた。
 三隈はおそらく免許証を使った人物照会とトラクターのナンバー照会だと思った。
 
 無線交信を終えた警官は、三隈の側に戻ってきて、また質問をした。

 「なるほど、トラクターの運転について特に問題はなさそうだな。ところでトラクター所有者の名義と君の名字が違うのは何故かな」

 「トラクターの持ち主が母方の祖父なので、名字が違うのは仕方ありません」

 「じゃあ、君のおじいさんの名前は何と言うの」

 「横手(よこて)です」

 ”横手”という名前を聞いた途端、警官はそれまでの職質調の態度が急に改まった。

 「横手、って”名主様”の横手さんなのか」

 「そうです、さっき母方の祖父だから名字が違うと説明しました。駐在さんは、家出少女が名主様のトラクターを盗んで、勝手に田んぼを耕していたとでも思われて、職務質問されたのでしょうか」

 「い、いえ、そういう訳ではありません。何をされていたのですか」

 三隈は、警官を責める事もできたが、変に追い詰めるとかえって印象が悪くなると思ったので、警官(子供の使い)を開放する事にした。

 「見ての通り、田起こしです。私は、祖父の大切な田畑の管理をしているつもりでしたが、悪い事をしていると疑われたのなら謝ります」

 三隈は言い終わった後、警官に頭を下げた。
 警官は慌てて、

 「いえ、謝る必要はありませんよ、お嬢様。最近トラクターの転覆事故が増えていますので、運転時は気をつけてください。では、お嬢様、本官はこれで失礼いたします」

 と言って、敬礼をしてからカブに乗って、三隈の横を通り過ぎてトラクターの後方へ走り去って行った。
 三隈は、その姿を見送っていた。

 警官が乗ったカブは、トラクターからやや離れた場所で、その場にいた近所の農家の人に捕まって何か話をしていた。

 警官と農家が話している姿を見て、三隈は安心した。すべては三隈の思惑通りに進みそうだからだ。

 三隈は、ホッとして、塩飴を口に含んだ。そして、もう一枚田を起こすため、日傘をたたんでトラクターのエンジンをかけた。

 - チッ、あのポリまで、お嬢様って言いやがった、イラッとする -


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 三隈は、職務質問が終わった後一時間以上かかって、ようやく二枚目の田んぼの田起こしを終わらせた。疲れたので家に帰って洗車したいところだが、もう一箇所寄るところがある。

 彼女は、トラクターの副変速機をHIモードに変え、アクセルを踏んで走り出した。

 トラクターは、車の通行の邪魔にならないように裏道を抜けながら走った。

 裏道でも、トラクターの走行は気持ちいい。

 オートキャンプ場や、別荘風の建物の間を縫うようにトラクターは爆走した。
 すれ違うミニバンやSUVのドライバーが、驚いた顔をしてこちらを見ている。

 三隈は、すれ違う車に注意しながらトラクターをそのまま走らせ、農協系のガソリンスタンドに着いた。
 先日スクーターの燃料を入れたスタンドだ。
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私は三隈、よろしくね

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