第29話 談合坂SAで出会った【大きいお友だち】

文字数 4,360文字

 「「あの~」」

 三隈と相手の声がハモッた。

 「「あっ、ごめんなさい、どうぞ」」

 お互いが照れた顔をして譲り合い、黙ってしまった。

 やや間があって、ショートカットの女性が口を開いた。

 「あなた、"これ"が好きなの」

 そう言って、キーホルダーを持って、三隈に見せた。

 三隈も、キーホルダーを持って言った。

「大好きです。お二人も、"これ"が好きなんですか」

 「そうよ」

 と返事をしたショートカットの女性が、左手の人差し指と中指を交差させて、フィンガークロスにした。

 それに気づいた三隈も、左手の指をフィンガークロスにした。

 三隈のフィンガークロスを見た、セミロンクの女性も同じようにフィンガークロスにした。

 三人は、お互いの顔を見合せてから、クスクス笑いだした。

 フィンガークロスは、【よんキラ】こと【きっとも×闘士(ファイター) よにんはキラメイター】の中で、主人公達がバトルに勝ったときや、敵が改心してキッ友になったときに、相手との友情の証として作るハンドサインだ。
 本来は相手の幸運を祈るハンドサインであって、とある呪術師が領域展開する時に使うのは応用編だ。

 ひとしきり笑った後、ショートカットの女性が、笑顔で話し始めた。

 「あー。ビックリした。まさかこんな場所で、キッ友に会えるなんて思わなかった」

 「私もです、サービスエリアでキッ友を見かけるなんて思いませんでした」

 三隈も、笑顔で答えた。
 三隈の言葉を聞いた、セミロングの女性が三隈に尋ねた。

 「何で、私たちがキッ友だって気づいたの」

 「お二人が付けているキーホルダーを見て気づきました。それにお姉さんが付けてるネージュのシンボル、限定販売のレアグッズじゃないですか」
 
 三隈はそう言って、ネージュのキーホルダーを指差しした。

 セミロングの女性は軽い苦笑いをした。

 「やっぱり、気づく人はいるのね~。ほとんどの人はキラキラしてカワイイと言って、終わりなんだけどね」

 三隈は、不思議そうな顔をして質問した。

 「“あれ”は、大人のファンがかなり多いと、聞いていましたけと」

 それを聞いた二人組は、お互いに顔を見合せてから、苦笑いをした。

 そしてショートカットの女性が、話し始めた。
 
 「大人のキッ友は、“お友だち”のママが圧倒的に多いの」

 「えっ、そうなんですか」

 三隈は、無言のまま驚いた表情になった。
 彼女の同級生に二人もファンがいる上、SNSでも【よんキラ】の話題をたくさん見かけるので、大人のファンが多いと思っていたからだ。
しかし、相手の口調からそれが間違いだと気づいた。。

 セミロングの女性は、三隈の表情の変化に構わず話し続けた。

 「子どもと一緒に見ているうちに、ファンになるのがほとんどみたい。だからSNSで誘われてオフ会に行っても、ママ友会になってしまうの。SNSでは独身のふりをしているだけなのよ」

 そこまで言って、セミロングの女性はため息をついた。しかし、その後、嬉しそうな笑顔になって、

 「だから、あなたみたいに若い“キッ友”は歓迎よ~」

 と言った。
 三隈は、不用意な発言で地雷を踏んだかと思い、脇の下に冷たいものが走ったが、どうやら杞憂だったようだ。

 三隈は、安堵した声で言った。

 「えーっ、嬉しい、ありがとうございます。私は三隈(みくま)と言います。お二人のお名前を教えていただけませんか」

 三隈の質問に、二人は機嫌のよい顔になった。ショートカットの女性が答えた。

 「私の名前は亜紀、相方は夏美というの」

 「アキさんにナツミさん、ですか」

 三隈は、二人の名前を確かめた。二人が頷いたのを見て、夏美に質問をした。

「その、ネージュの限定アイテム、ゲットするのにどのくらい手間がかかりましたか」

 奈津美は機嫌よく答えた。

 「このキーホルダーはね・・・」
 
 三人の【よんキラ】話は始まったばかりだ。


 ☆


 三人が【よんキラ】のキャラやストーリーの話で盛り上がっている時、三隈のスマホがいきなり鳴った。

 その音を聴いた三隈は、ハッとしてスマホを取り出して画面を見た。

 表示されていた時刻は、談合坂SAに到着してから一時間以上経っていた。
 三隈は、ちょっと寂しい表情になって、二人に向かって言った。

 「申し訳ありません、もう出発しないといけません」

 二人は三隈の急な発言に驚いた。
 三隈の方から話しかけて来たし、【よんキラ】の話を始めたから、時間はあまり気にしていないと思っていたからだ。
 亜紀が三隈に尋ねた。

 「何か、急ぐわけでもあるの」

 「はい、明るいうちに家に帰らないといけないからです」
 
 理由を聞いた二人は、驚いてからあきれたような顔をした。そして、亜紀が言った。

 「えーっ、三隈ちゃんの家って、門限なんて設定している時代錯誤な家なの」

 三隈は、一瞬答えに詰まった。
 祖母は大切な孫に門限なんてかさないが、暗くなってから帰ると近所が騒がしくなるので、明るいうちに家に着きたいと言うのが本音だ。
 ただ、そこまでのこみ入った事情を、たまたま知り合った他人に話すつもりはなかった。
 そこで、

 「門限なんてないですけど、今日の夕方までに帰ると言ったので、あんまり家族に心配かけたくないのです」

 と、答えた。
 三隈の話を聞いた亜紀は、感心した顔をして、

 「そうなんだ、家族思いだね」

 と言った。
 三隈が横目で夏美を見ると、表情は感心しつつもかすかに疑いの目で彼女を見ていた。
 三隈は、別に騙しているわけでも、嘘をついているわけでもないのだから、変な疑いをかけないで欲しいと思った。

 三隈はその視線に気づかない振りをして、空になったコーヒーカップを持って、立ち上がろうとした。

 その時、亜紀が声をかけた。

 「途中まで一緒に走りましょうよ、この後高速で同じ方向に走るのだから」

 三隈は、上げかけた腰をまた下ろした。

 「えっ・・・、ええ、良いですけど、でもどのあたりまでですか」

 「私たちは、このまま中央道を走って諏訪インターで降りる予定だけど、あなたはどこまで行くの」

 「須玉インターで一般道に降りるつもりです」

 「じゃあ、次の双葉サービスエリアまで、一緒に走りましょう」

 「・・・ええ、ご一緒致します」

 三隈は一瞬迷ったが、亜紀の提案に従うことにした。
 女性の一人旅、特にツーリングでは身の安全を考えながら行動しなくてはならない。
 その点女性同士でも三人以上の集団であれば、案外男は絡んでこない。
 面倒くさいこともあるが、旅慣れている感じの二人が相手なら、大きなトラブルが起きることはないだろう。
 そう考えて、三隈は応諾をしたのだ。

 「それなら、早速出発しましょう。待ち合わせは駐輪場でね」

 三隈の返事を聞いた亜紀は、そう言って夏美をうながすように立ち上がった。
 夏美もそれについて行くように立ち上がって、三隈にまた後でねと言って食器の返却場所の方へ歩き始めた。

 三隈も立ち上がり、空のカップとシュガードーナッツを包んだ紙を捨てるため、ゴミ箱の方に歩いて行った。

 三隈は、駐輪場のバイクのそばに歩いて行って、ワイヤーロックを外すためにしゃがんでいると、周囲がざわついているのが聞こえてきた。
 何事かと彼女が顔を上げると、少し離れたところから、こちらを見ている男性たちがいた。
 彼らは、あっちに二人こっちに三人と小さな集団を作っていた。

 彼らの会話が三隈の耳に入ってくる。

 「リアサス以外、フルノーマルのゼファーだ」

 「ゼファーって、ノーマルもいいもんだな」

 「ゼファーだったらショート管にした方が、絶対良い音になるぜ」

 「せっかくゼファー乗ってんだ、FX仕様にしないとかもったいない」

 「俺、ゴリコリのカワサキマニアが乗っていると思ってた」

 「バカ、カワサキマニアなら、Z2かFX仕様にカスタムしているはずだ」

 「こんな若い娘が、ゼファーとはね、何か似合わない」

 「ほぼノーマル状態にしてるのに、メーターバイザーが邪魔だな」

 「あれ、売ったら相当なお金になるだろうな」

 「俺と一緒に、ツーリングしてくれないかな~」

 などなど、好き勝手な感想を見物人は言っている。

 三隈は、聞こえない風を装って、無表情でワイヤーロックを外し、ヘルメットのロックも外した。
 ヘルメットを被り、キーを差し込み、グローブを着けて、エンジンをかけた。
 空冷マルチのエンジン音が周囲に響いた。

 「ノーマルマフラーだと、音がイマイチだな」

 「音は、ショート管が絶対に良いな」

 相変わらず、無遠慮な台詞は続く。
 三隈は、バイクを駐輪場から出すために、バックで押し始めた。
 そのバイクが近づいた所から、三隈を囲んでいる人垣が崩れ、通り道が開いた。
 三隈は、その隙間に抜けるようにバイクを押していった。
 
 バイクの方向転換が出来た三隈が周囲を見回すと、右後ろ側から二台のバイクが三隈の側に来て、止まった。
 亜紀はタンクなどが赤く塗装されたバイク、夏美はグレーに塗装されたバイクに乗っていた。

 ヘルメットのバイザーを上げて、亜紀が言った。

 「お待たせ~、へ~、ゼファー乗ってるんだ、女の子にしては珍しいね」

 「親戚がたまたま持っていたのを譲ってくれただけです。そっちのバイクもきれいですね。NC750Xですか」

 三隈は、悪目立ちしないように適当な事を言った。父からプレゼントされる予定だった事は事実だから、嘘をついているわけではない。

 「そうよ、カラーリングが気に入ったから、褒めてくれてありがとう」

 三隈は、夏美の方を見た。

 「そちらは、レブルですか」

 「そうよ、デザインが気に入って買っちゃった。足付き性も良いから扱いやすいね」

 確かに身長がやや低い夏美にとって、足付き性の良さは、バイク選びの重要な要素だ。
 身長が理由で、レブルに乗る女子は結構多い。

 亜紀と夏美は、バイクのスタンドを立てた。
 亜紀がヘルメットを脱いで、三隈に話しかけた。

 「ねえ、Bluetooth持っているなら繋ごうよ」

 そう言って、ヘルメットに取り付けたインカムを、触り始めた。

 三隈もスタンドを立て、ヘルメットを脱いで、インカムの操作を始めた。夏美も同じようにした。

 セットが終わると、三人はヘルメットを被り、お互いの声が聞こえることを確認した。
三人は再びバイクに跨がった。

 亜紀が、インカムに、

 「じゃあ、笹子峠を越えるまで、私が先頭を走るね。夏美は真ん中で、三隈ちゃんは一番後ろでいいかな」

 言うと、スピーカーでその声を聞いた夏美と三隈は、OKの返事をした。

 三人はスタンドを倒し、亜紀を先頭に談合坂SAを出発した。

 こうして、三隈は、知り合ったばかりのキッ友と一緒に走ることになった。
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登場人物紹介

私は三隈、よろしくね

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