第2話 試験最終日の放課後

文字数 2,523文字

 彼女が筆箱と一時間目の教科書、ノートをリュックから取り出して机の上に置いた時、教室の扉が開いて担任の先生が入ってきた。

 担任が教壇に立って儀礼的なあいさつをした後、席に座った生徒たちを一通り見回して、

 「試験最終日も全員出席でよかった。眠そうな顔をしている人もいるようだが、今日で学年末テストは終了する。最後まで気を抜かずがんばるように」

 といい、さらに

 「朝のショートホームルーム(SHR)が終わったら、筆記用具以外のものは教室の後ろに置いて、出席番号順に座るように。あと、スマホの電源をオフにしておくように」

 と、試験時の注意を言った後、黒板に大きく【学年末テスト】と書かれた文字の下に、出席した生徒の人数や今日の試験の科目を書いて、教室を出て行った。

 その後、クラスの全員が机の横に掛けていたリュックなどを教室の後ろや前に置いて、一時間目の試験科目の教科書、ノート、筆箱を持って、出席番号順に座っていった。

 座った生徒たちは、教科書やノートを取り出し、出題されそうな箇所の確認を行っていた。

 彼女にあいさつをしなかったのは、誰もが試験問題や放課後の事を考えているから、影の薄い彼女のことまで考えが及ばないのは仕方がないことだ。

 彼女も決められた席に座った。席は窓側の後ろから二番目の席だ。

 予鈴が鳴ると、一時間目の試験監督が問題用紙が入った袋を持って教室に入ってきた。


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 三時間目の試験終了のチャイムが鳴ると、試験監督の先生の声が響いた。

 「全員、筆記用具を置くように」

 全員が、シャーペンを机の上に置いたのを確認した先生は、

 「列の一番後ろの人が解答用紙を集めて、提出しなさい」

 といった。

 その後すぐに、教室に並んだ机各列の一番後ろに座っていた生徒が立ち上がり、自分の解答用紙と自分の前の方に座っていたクラスメイトの分も集めて、試験監督に提出した。

 自分の解答用紙を回収係に渡した生徒が、ほっとした息を吐き出し、その後、隣に座っている生徒と試験の出来や放課後の事などを話すざわめきが、雲のように教室中に広がっていった。
 そのざわめきは、彼女も巻き込んだ。

 「ねえねえ三隈(みくま)ちゃん、今回の試験も簡単だった?」

 隣の席の子に聞かれ、彼女は軽く笑顔をつくって、

 「う~ん、ちょっと難しかったかも」

 「そんなことないでしょう。学年一成績のいい三隈ちゃんなら、今回も満点じゃないの」

 「そうだといいけど、答えを勘違いしたかもしれないから、点数見るまで安心できないな。それより有紀さんはどうだったの」

 「えーっ、それを聞くの~、私はあんまり解けなかったし、でも、赤点は取らないと信じてるし」

 「きっと、いい点とっていると思うよ」

 「三隈ちゃんにそう言ってもらうと、有紀ちゃん安心するな~」

 三隈と有紀は友人というわけではないが、テスト終了後の開放感がたわいもない会話を生み出していた。そして二人が気づく前に担任の先生が教壇に立って、

 「全員話をやめなさーい。このまま帰りのショートホームルームを始めるよ」

 教室が静かになった後、担任は今日の放課後の注意や連絡事項、明日から高校入試に備えた特別時間割になることを説明して、入試前々日までの時間割が印刷された紙を配った。

 時間割が全員に配られたことを確認した担任は、

 「全員に行き渡ったようだね。よしっ、これでSHRを終わりにしましょう」

 と言った。

 それを聞いた生徒委員が号令をかけて全員が立ち上がって挨拶をしたあと、各自が席を離れ始めた。

 自分の荷物を取ってそのまま帰る者、取った後試験前の席に座って、午後の部活に備えて昼食の準備をする者などさまざまな行動を取った。

 三隈もリュックを取りに行こうとした時、担任の先生から名を呼ばれ、呼ばれた方を見ると、こちらに来るように手招きされた。

 「春日(かすが)先生、何でしょうか」

 と、返事をした。

三隈がそばに寄った後、担任が、

 「諫早さん、この後すぐに生徒指導部室に行きなさい。例の件で話があるそうだから」

 と言った。

 三隈は、【例の件】で話の内容に見当が付いたが、無表情を装いながら答えた。

 「はい、分かりました。すぐに行きます」

 「大事な話だから、できるだけ急いで行って。後で先生も行くから」

 「先生、ありがとうございます」

 お礼を言って、いつもよりやや深くお辞儀をした後、三隈はリュックを取りに教室の後ろの方に向かった。

 教室を出た三隈は、廊下を九割の期待と一割の不安を胸に抱えて、生徒指導部室へ向かって歩いていた。

 そして、生徒指導部室に着いた時、三隈は扉の前でこわばった顔と心をほぐすため、何度も深呼吸をした。

 - 大丈夫、大丈夫、きっといい話に違いない、そう違いない。 -

 そう頭の中で唱えながら、もう一回深呼吸をして、扉をノックした。

 「一年六組の諫早です。担任の先生から言われて来ました。入ってもよいでしょうか」

 三隈が部屋の中に向かってそう言うと、中から返事が聞こえた。

 「諫早、来たか。よーし、中に入っていいぞ」

 「失礼します」

 三隈は、引戸を開けてあいさつし、部屋の中に一歩入った。

 中は部屋の中央に教師用の机が奥に向かって並んでいて、左右の壁にいくつもの本棚が置いてあった。入り口近くには隣の部屋に続くドアがあった。

 奥の机に座っていた年配の先生が立ち上がり三隈のそばを通り、ドアの前に立ちそのドアを開けながら、三隈の方を向いて、

 「諫早、この部屋の奥の方に座って待っていろ。例の件の話は担任が来てからする」

 そう言って、ドアを開けた先生は自分の机のある方へ歩いて行った。

 三隈は隣の部屋に入り、イスに座った。

 隣の部屋と違い、中央に大きな机が置いてあり、その周囲にパイプイスが並んでいる小さな会議室のようだった。

 机とイス以外は、壁にホワイトボードがある程度の殺風景な部屋で、窓にはブラインドが降りていて中の様子が見えないようになっている。

 その部屋に一人待たされている彼女は少し不安になった。

 - もしかしてダメかも、いや大丈夫、きっといい話に違いない。 -

 そんなことを考えながら、三隈は先生たちが部屋に入って来るのを待っていた。
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