第28話 三隈とゼファーχ、中央道を疾走して、談合坂SAで休憩する。

文字数 6,588文字

 「ねえ、おねえちゃん、どこか いたいの」

 うずくまっていた三隈が、声のした方を振り向くと、女の子が立っていた。
 その子の後ろ、少し離れた場所に女の子の両親とおぼしき夫婦がいて、心配そうな顔をして三隈を見ていた。
 バイクの側でうずくまっている三隈に気づいて、体調をくずしたのではないかと気にしてくれたらしい。

 三隈は、涙をぬぐって女の子に言った。

 「心配してくれてありがとうね、お姉さんはもう大丈夫だから」

 三隈は、女の子にそう言ってから立ち上がり、女の子と手を繋いで両親の所まで一緒に歩いて行った。そして、女の子の手を離した後、背中を軽く押して、両親の元へ行くように(うなが)した。
 女の子は父親の側に行った。

 三隈は、心配してくれた夫婦に、

 「心配してくださって、ありがとうございます。もう気分は良くなりましたので安心して下さい」

 とお礼を言って、頭を下げた。

 その言葉を聞いた父親らしき男性が答えた。

 「それは良かった、道中気をつけて行ってください」

 「はい、無理をしないように、のんびり行きます」

 三隈は、笑顔でそう言った後、もう一度お辞儀をしてから、バイクに向かって歩きだそうとした時、女の子から声をかけられた。

 「おねえちゃん、あんな大きなものをうごかして、こわくないの」

 三隈は、女の子の前にしゃがんで、目を見ながら言った。

 「大丈夫、こわくなんてないよ、自転車を大きくしたものだから」

 「ワタシも、大きくなったら、うんてんできるかな」

 「できるよ、大きくなったらね。でもその前に自転車に乗れるようになろうね」

 「うん、じてんしゃにのれるように、がんはる」

 三隈は、女の子の手を握った。

 「いつかバイクに乗れるようになったら、お姉さんに見せてね」

 「うんっ」

 女の子の元気な返事を聞いた三隈は立ち上がり、再度両親にお礼を言って、バイクの方へ歩いていった。

 バイクを押し駐輪場から出して、発進させようとバイクに跨がった時、視線を感じたので、その方を振り向くと、さっき声をかけてくれた女の子がこちらを見て、手を振っていた。

 それを見た三隈は、手を振り返した。
 女の子は両親に連れられて、建物の中に入っていった。

 - 私にもあの子みたいにカッコいいお姉さんに憧れた時期があったな・・・。そうか、いつまでもメソメソしていたら、あの子にがっかりされるし、パパが悲しむかも知れない、しっかりしないと ー

 そんな事を考えた後、三隈は、ゼファーχ(カイ)のエンジンを始動した。その後、インカムでスマホに保存した音楽を聞けるようにセットして、石川PAを出発した。

 ゼファーχは、軽快なマルチサウンドを奏でながら、合流路を一気に加速して本線に合流した。

 三隈が本線を走り始めると、イヤホンから音楽が流れ始めた。
 魔女の宅急便のOP曲【ルージュの伝言】だ。

 三隈の今の心の内を表すのにぴったりの曲だった。あの主人公のように、大人にならないといけないと自分に言い聞かせた。

 三隈が乗るゼファーχは、乗り手の心の浮き沈みに関係なく快調に走っている。
 彼女の父親が購入後、適切なメンテナンスをして乗っていたので、オイル漏れや過度の摩耗が起きていない良好なコンディションをたもっていたからだ。

 八王子料金所を過ぎたあたりから、高速道路の左右に緑が増えてきて、風が涼しくなってきた。山の中に入ったようだ。
 カーブもキツくなり、道路の上り勾配も感じられるようになってきた。

 三隈は、スロットルをさっきよりやや開けた。
 上り坂で減速しかけていたゼファーχは、また時速百キロメートルに戻った。少し半径の小さいカーブもあるが、法定時速の範囲なら簡単に曲がれるレベルだ。
 
 スロットルを戻して、エンジンブレーキで軽く減速してカーブに入り、抜けると再びスロットルを開け加速する。
 ほぼ、時速百キロメートルを維持して、中央道の上り坂を走り続けた。

 三隈の前方に車が集団で走っているのが見えた。彼女はすり抜けをしないでその集団の後ろに付いた。

 ゼファーχは、前の車に合わせて減速したので、エンジン回転数も落ちてきて、ギクシャクした走りになった。

 三隈は、ギクシャクを解消するため、ギアを一速落とした。エンジンはさっきより甲高い音を立てて、車の集団の後ろに付いて行くように時速八十キロメートル程度で走った。

 このまま走り続けると、空冷エンジンのゼファーχはエンジンの排熱が追い付かず、熱ダレ気味になる。
 できれば、この集団を抜け出し時速百キロメートルまで加速したい。

 そんなもどかしい思いをしながら走っていると、前方に【藤野PA】の看板が見えてきた。

 三隈は、パーキングエリアに入るため、一番左の車線に入ろうとしたが、何台ものトラックが壁のように左側に連なって走っていたので、なかなか入れなかった。

 そのため、追越車線から集団の前に出てから左車線に寄ろうと思って、ゼファーχを右の追越車線に移した。

 前を見ると追越車線をふさいでいたトラックが、ようやく走行車線に車線変更した。

 さっきまでトラックの後ろを走っていた乗用車は、前が空いたので加速を始めた。

 後ろについていた三隈も、前を走る乗用車を追うようにスロットルを開けた。

 エンジンがさらに甲高い音を立て始めると、次第にバイクのスピードが上がって行き、左側の車線を走っている車やトラックを次々に追い抜いていった。
 三隈は、タコメーターの針がレッドゾーンにかなり近くなったのに気づいてシフトアップした。
 途端に針はゼロの方にやや振れたが、スロットルを開けるとじわじわ右に回り始め、バイクのスピードもさらに上がっていった。

 そのまま追越車線を走り続け、ようやく左側に連なった車の列が途切れて、三隈の乗ったゼファーχは集団の前方に出ることができた。

 しかし、(ひら)けた三隈の視界には、パーキングエリアの進入路が左斜め前四十五度の位置にあるのが見えた。
 この位置からパーキングエリアに入ろうとすると、走行車線を走っている車の前を斜めに横切る、危険走行をしなければならない。

 三隈は、パーキングエリアに入るのは諦めてそのまま走り続けることにした。休憩は次の談合坂サービスエリアでとるしかない。
 幸いなことに、藤野PAと次の談合坂SAはそれ程離れていないので、比較的短時間でたどり着ける事だ。

 三隈は、バイクを走行車線に戻し、時速百キロメートル+αで走り続けた。
 山間の涼しい風がエンジン周辺にこもった熱を吹き飛ばして、快適に走ることができるようになった。

 緩やかなカーブや谷にかけられた橋をゼファーχが駆け抜ける。

 一旦緩やかになった勾配が再びきつくなった。
 三隈は、バイクのスロットルを開けて、速度が落ちないようにした。

 しばらくすると、談合坂SAの看板が見えてきた。看板の下を見ると、藤野PA手前と同じように、車が集団を作っていた。
 三隈は、バイクを一番左側の車線に入れ、集団の後ろにバイクを付けるように走ることにした。
 バイクの速度は次第に落ちていき、時速八十キロメートル以下になってしまった。

 三隈は、早くサービスエリアに入りたいのだか、前をふさいでいる車は相変わらずゆっくりと走っている。
 前方にトラックの車影が見えないから、おそらく先頭は休日限定ドライバーが運転しているのだろう。
 普段車を運転しない彼らにとって、時速百キロメートルで走ることは恐怖を感じる速度であろう。
 また、ドライバーは気にしなくても、横に座っているであろう意識高い系が、悲鳴と罵声を上げて、ドライバーに低速運転を要求しているのだろう。

 三隈が、前の車の遅さにうんざりし始めた頃、ようやくサービスエリアの看板と進入路が見えてきた。
 やっと着いたとホッとした三隈だったが、ランプ《進入路》を見て、またうんざりした顔になった。  
 ランプに車が数珠つなぎになっているのが見えたからだ。
 
 三隈は、ランプに入ろうと並んでいる車列の最後尾に着こうとしたが、自分の前に割り込んできたオートバイの集団が次々と三隈を追い抜き、ランプの車列の左側を通り抜けてサービスエリアの方向へ走っていった。
 
 それを見た三隈も少し迷ったが、オートバイの集団の後ろについて行って、ランプの左側を上ることにした。

 三隈のバイクは、するするとランプを登って、SAの駐車場入口を通りすぎた。
 
 立てられた誘導板に従ってバイクを走らせると、建物の近くにバイクの駐輪場があるのが見えた。
 三隈は、その中に入ってバイクを止めやすそうなスペースを見つけて、そこに止めた。

 三隈は、サイドスタンドを立てた後、バイクに跨がったまま三十秒程アフターアイドルをした後、エンジンを切った。
 グローブを外して、大きく息を吐きながらヘルメットを脱いだ。
 持っていたヘルメットをバックミラーに引っかけて、バイクを降りた。

 バイクのリアタイヤと車体にワイヤーロックをかけた後、バックミラーにかけたヘルメットを手に取り、専用フックに掛けてロックをした。

 三隈が背を伸ばして周囲を見回すと、多くのバイクが止まっていた。新しいスーパースポーツタイプからレトロバイクまでいろんなバイクがあった。

 目立っていたのが、七十年代から八十年代に販売されたバイクとハーレーだった。
 最近のリターンライダーブームのせいなのだろうか、年配のバイカーが駐輪場周辺に多数たむろしていた。

 三隈は周囲を見回しているうちに、自分がバイクを止めた場所から離れた隅っこの方に、数名の女性バイカーがいるのを見つけた。

 彼女は、自分のバイクを女性バイカーの停車場所に移動させようかと思ったが、ワイヤーロックを外して移動するのも不自然すぎると考え直して、この場所に止めておくことにした。

 三隈は、みっともなく乱れているであろう髪の毛を整えるのをかねて、トイレに行った。
 彼女は、化粧室で髪をすいてまとめ直した後、鏡に写っている自分の姿を見つめた。

 - 顔に疲れが出ている、ここでしばらく休んだ方がいい -

 そんなことを考えている時、お腹が鳴った。
 三隈は、朝食の後、飲み物しか口にしていなかったことを思い出した。とにかく食事を取ろうと考えて、三隈はトイレを出た。

 三隈は、SA建物内のフードコートに入って、各店舗に何が食べられるか見ていった。
 うどんにラーメン、どの店も炭水化物主体のメニューばかりだ。
 しっかりたんぱく質が取れるメニューを探していると、某定食屋の豚丼が肉がガッツリ入っていておいしそうだったので、それを食べることにした。

 注文をしてから給茶機でお茶を汲んで席を探したが、昼食時を過ぎているにもかかわらずコート内が混んでいて、空いている席はなかなか見つからなかった。

 ようやく、フードコートエリアの隅っこに、空いているテーブルを見つけて、座ることができた。
 
 三隈は、作り付けのソファー状の椅子に座って背もたれに寄りかかった。
 背もたれの後ろに立っている間仕切りのおかけで、頭まで預けることができた。
 その後ゆっくり目をつむった。

- ちょっと疲れた、でもバイクを走らせるのって、やっぱり楽しい。 -

 三隈は、オートバイで公道を長距離走ったのは始めてだが、ロードパークなどで一時間くらい走り続けた経験があるので、精神的な疲労はあまり感じていなかった。

 それに同じコースを延々回るのと違って、中央道は景色が次々と変わる事やそこそこカーブもあって、退屈せずゼファーχを走らせることができたので、疲れより楽しさが残った。

 石川PAで起きたことは、旅によくある出来事だ。見知らぬ他人の優しさが身に染みる。過ぎてしまえば、すべてが楽しい思い出になる。

 三隈が、今までの走行したルートやPAでの出来事を思い出していると、定食屋から預かったブザーが鳴った。

 客が多いサービスエリアによくある、【注文の品できました】お知らせブザーだ。

 このブザーがあれば、人混みでアナウンスが聞こえなくても隣のお土産販売コーナーにいても、注文品の出来上がりがすぐ分かる便利なシステムだ。

 三隈は椅子から立ち上がり、定食屋のカウンターに注文品を取りに行った。カウンターに置かれたトレイに豚丼(あたま)大盛と鶏の唐揚げが乗っていた。
 匂いを嗅いだだけで、お腹がなりそうな感じだ。
 三隈は、カウンターに置いてある箸入れから箸を取ってトレイに置き、豚丼などに七味や塩をかけた後、トレイを持って自分の席に戻った。
 
 三隈は、トレイを置き椅子に座ると、いただきますと両手を合わせて、早速食べ始めた。
 豚丼は肉の旨味とタレの甘辛い味がうまく合っていて箸が進んでいく。鶏の唐揚げも美味しいので、こちらも次々とお腹に入っていく。 
 あっという間に全部食べ終わった。

 三隈は、食器を返却した後、食後のコーヒーを飲もうと思い、同じ建物内にあるスターバ○クスにコーヒーを買うために席を立ち上がった。

 実に一年ぶりのスタバである。
 学校帰りに気楽に寄れる、都内ターミナル駅の店でないことが残念だが、都内在住ではないから仕方がない。
 
 三隈が店の前まで来ると、店の前には行列ができていた。でも、昼食時を過ぎていたので短い行列だった。
 彼女は、行列の一番後ろに並んだ。

 コーヒーとシュガードーナツを購入した三隈は、店内のスタンドでコーヒーに砂糖とミルクを入れてから、さっきの席に戻った。

 三隈は、コーヒーを一口飲んで、その香りと味に感激した。

 久しぶりの都会の味は、美味しかった。

 三隈がコーヒーの味を楽しんでいると、隣のテーブルにライディングジャケットを着た女性二人組が座った。

 三隈が二人を何とはなしに見ていると、背が高いショートカットの女性はコーヒーを飲み、背が普通のセミロングの女性はフラペチーノを飲んでいた。
 そして、テーブルに置いてあるバイクのキーを見たとき、三隈は驚いた。

 - キーホルダーにキラメイターのシンボルを付けている -

 背が高い女性がキラメキルナ、普通の背の女性がキラメキネージュのシンボルが、キーホルダーに付けている。
 しかも、キラメキネージュのシンボルは、限定販売のレアグッズだ。あれを親に買ってもらったお友だちが手放すことは考えにくい。
 ならば、二人はビ○友・・・、じゃなかった、【キッ(とも) よにんはキラメイター】の大きいお友だちなのかもしれない。
 三隈はそう推測した。
 
 だから、三隈は、二人と【キッ友】になりたい。キッ友は『みんな仲良し』がコンセプトだから、話の輪に入れてもらえるかも知れない。

 しかし、三隈にとってある重大な問題があった。あの二人がキッ友なら良いが、単にカワイイからという理由だけで付けている一般人の可能性がある。
 彼女の耳に断片的に聞こえてくる会話は、バイクの話と諏訪湖周辺のふるカフェの話だ。
 よんキラに興味がない大人の女子に「よんキラ」の話をすれば、お子ちゃまと鼻で笑われるかもしれない。

 どうすればあの二人がキッ友だと確かめる事ができるか、考えた末にある方法を思いついた。

 三隈は、ポーチから自分のバイクのキーを取り出して、テーブルの上に置いた。そのキーにはキラメキフレイムのシンボルが付いている。  
 二人がシンボルに気づけば、きっと声をかけてくれるはずだと思った。
 名付けて、『イクトゥス作戦』。

 三隈は、コーヒーを飲みながら二人の反応を待った。
 もし、飲み終えるまで反応がなければ、そのまま席を立つことにした。明るいうちに家に帰るために、長時間ここにとどまっているわけにはいかないためだ。

 三隈が、コーヒーを飲みながら二人の様子をうかがっていると、ショートカットの女性がキーホルダーに気づいて、こちらを二度見した。
 そして、もう一人の女性に顔を近づけて、何かひそひそ話をした。すると、セミロングの女性も、三隈の方に視線を何度か送った。

 三隈は、わざとキーホルダーを触ってから二人に視線をやった。
 する、と二人もキーホルダーを触ってから三隈を見た。

 端から見ると、三隈と二人は黙ってにらめっこをしている感じだっただろう。
 
 そして、

 「「あのー」」

 三隈は、隣に座った二人組とぎこちない会話を始めた。
 
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私は三隈、よろしくね

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