序章

文字数 1,378文字

鬱蒼とした薄暗い森の奥。
辺りは多くの木々が生い茂り、足下には名前も知らない植物が群生している。
所々、花を咲かせた草もあるが、なんとも言い様のない不気味ささえ感じる場所だった。
今、世間で都市伝説的にささやかれている、森の中の小さなカフェ。
そこは、条件を満たした者でなければ、たどり着けないという。
その条件は、憶測の範疇を超えない物ばかりで、確定的な物は殆どない。
ただ分かっていることは、大切な物をなくした人。そして、それを取り戻せるという事。
それは経験した誰もが共通して出している情報らしく、そのカフェにたどり着いた人は皆、大事な物をなくし、取り戻した人だという。それ以外の詳細は嘘にまみれて分からない。
全ての人がそこへたどり着ける訳ではなく、大切な物をなくしただけでも駄目らしい。
この時代にそんな非科学的な話があったものかと馬鹿らしくも思うが、そんな都市伝説でも、実在して取材が出来れば、飯の種になる。
もしかしたら、普通にたどり着けるかもしれない。見つけにくいだけのカフェなのかもしれない。
ネットの世界にはそんな話が山と転がっているが、どれも蓋を開ければ・・・という話が多いのも事実だ。
眉唾物の話であっても、行ってみて損はないだろうと、ネットに書き込まれた情報を頼りに当たりを付け、今日はこの場所へ車を2時間走らせてやってきた。
舗装された道は、途中で行き止まりになり、車を降りてからは、小さな道らしき山道を10分ほど歩いてきたが、何かある気配はなく、このまま進むと道に迷ってしまいそうだ。
周りは同じような風景が続き、方向感覚をなくしてしまうような感覚にとらわれる。
森林浴を楽しむほどの余裕はなく、自分が歩いてきた道を振り返って確認しながら、ここまできた。
少し開けた場所にたどり着き、今は足を止めている。
場所は○○市の有名な山の中腹、舗装が途切れたその先に道が続いている。情報と照らし合わせた限りではここで間違いないように思うが・・・
奥を見ても、建物の様な物もない。
やはり、都市伝説でしかないのか・・・・それとも自分に資格がないのか。もしかして場所が間違っているのか・・・
しかし見つけられないのでは、確認しようもない。
ここから先に進める様な道も見当たらず、ここまでかと、取りあえずカメラを構える。
シャッターを何度か切り、辺りの様子を写真に収める。
ん?
ファインダーの隅に何かが見えた気がした。レンズから目を離し、今撮った写真を確認する。
何かの置物か?
その写真に写っている方へ歩み寄る、
そこには、小さな社のような物があった。社といっても高さは60㎝程度の物で、狛犬と狐が置いてあり、その前に小さな鳥居らしき物がある。相当古い物らしく、所々が傷んで、朽ちかけている。
何故こんな所に?
不思議には思うが、昔、誰かが奉っていたのかもしれない。今はもう、誰も手入れをする人もなく、忘れられてしまったのだろうか。
なんだか少し悲しいな。
そう思いながら、一応、手を合わせた。
あの都市伝説と何か関係があるのかと、そんな考えも頭をよぎったが、こんな社の情報はなかったし、どう見たってカフェではない。
確かに異様な雰囲気は感じるが、ここで得られる情報はもう無いだろう。
仕方なく、来た道を引き返すことにした。
また変化のない森の、かろうじて道と分かる山道を、何の収穫もなく去ることになった。

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