第7話 見つけた物

文字数 2,972文字

気がつくと静佳は、森の開けた場所に立っていた。
辺りを見回しても、木以外何もない。
(私はここでカフェを見つけて、そこで・・・・・)
思い出せない。カフェに入った記憶はあるが、どんなカフェだったか、誰がいたのか思い出そうにも、記憶がない。ただ、分かることは、母と出会った事。
母との会話は思い出せるのに、他のことが一切、記憶から抜け落ちている。
腕時計を確認したが、ここに付いた時間から、さほど経ってはいなかった。
(白昼夢?)
それにしては、目が重い。つまり、泣いたことは事実だ。
まるで狐に化かされたようだと静佳は思った。
それでも母に会ったことだけは確かな確信があった。
木々の間からは、日の光が筋をなして降り注いでいる。幻想的な雰囲気だった。
来た時には鬱蒼としていたのに・・・・
仕方なく、静佳は車へ向かって歩き始めた。来た時よりも明るいせいか、歩きやすい。
数分もかからないうちに、車を止めた場所まで、戻ることが出来た。
帰ったら、母から預かった伝言を弟に伝えなくては・・・と思っていた。信じないかもしれない。
もしかしたら、おかしくなったとまた病院へ連れて行かれるかもしれない。
それでも、母の言葉を伝えてやりたかった。
そう思って急いで車に乗り込むと、家路へと向かった。

弟の家に着いたのは、夕方だった。途中、電話をしたら家にいるということだったので、寄ることにした。
玄関のチャイムを鳴らすと、眠そうな顔の弟が顔を出す。
「どうしたの?急に。喧嘩でもした?」
最近は、弟に彼女が出来たこともあって、あまり訪ねてはいなかった。
そんな静佳が勢い込んできたものだから、心配したのだろう。
「違うの。今日は話があってきたの。」
「ならいいけど。まぁ上がって」
彼女がちょくちょく来ているのか、おそろいの物が増えている。
「彼女と上手くいってるみたいね。良かった。」
「そんな話?上手くいってるけど、あんまりじろじろ見られると、何か恥ずかしいな。」
弟は照れ笑いしながら、コーヒーカップを片づける。
キッチンに行ったついでに、静佳の分のコーヒーを持ってきてくれた。
「んで、話って?」
向かいに腰掛けた弟が静佳に話をせかす。取りあえず、一口コーヒーを飲んでから、
「今日ね、母さんに会ったの。」
と、事の顛末を話し始めた。
弟は、始めこそキョトンとしていたが、静佳が話している間、ずっと黙って聞いていた。
そして静佳が全てを話し終えると、はぁーと大きなため息をついた。
まあ、信じられない話だろう。あの経験をしていなければ。
だが、弟の答えは予想外の物だった。
「俺、そういう類いの話は信じないんだけどさ。もし、本当に姉さんが会ったっていうなら、信じるよ。」
「えっ?」
「えって・・・嘘じゃないんだろ?今の話。」
「あぁ、うん。いや、あまりにあっさり信じるから、ちょっと意表を突かれて・・・」
弟は半笑いの顔で
「姉さんの顔見たら分かるよ。さすがに最初は、大丈夫か?って心配したけど。」
普通ならそういう反応になるだろう。ましてや、情緒不安定気味な静佳の話だ。信じられなくても不思議はない。
「姉さん、今、すごく笑ってるよ。初めて見るくらいの顔で。なんか吹っ切れたような顔してる。だから、それが何だったにしろ、俺は信じる。」
「うん。ありがと。それから、母さんから優に伝言を預かったの。」
それを言うと、少し顔をしかめた。聞きたくないのだろう。
「聞かなきゃだめ?何いうか予想つくし、あんまり聞きたくないんだけど。」
案の定、弟は拒否反応を示した。だが、母からの言葉を伝えられるのは、これが最後だ。聞いてから判断させれば良いと思った。
「母さんの本当に最後の言葉だから、聞くだけ聞いて。嫌なら忘れて。」
「忘れろって簡単に言うなよ。まぁ良いけど。で、なんて?」
「許してくれるとは思えないけれど、それでも伝えて欲しい。母さんが間違っていた、幸せになって欲しいと願っている。それから・・・私なりに愛していた。って」
弟はもう一度、大きなため息をつく。
「ほら、予想通り。今更、そんなこと言われても、どうしろって言うんだよ。大体、本人は謝れば良いと思ってるんだろうけど、俺と姉さんはそれでどれだけ傷つけられたか。」
珍しく、感情を表に出して怒った口調で言い放つ。
「うん。私もそう思う。正直、謝られても時間は戻らないし、私達の辛さも減らない。でもさ、私は母さんと話してよく分かった。母さんは愛し方が下手な人だったんだって。それに、私も母さんを恨んでた自分をずっと押し殺してた事を恥じてた。でも、ちゃんと謝れたから。私は母さんに愛されてたのかを探してたんだと思う。だから、それをちゃんと見つけられたから。許す事にしたの。」
「姉さんの気持ちは分かる・・・いや分からないな。あんなに苦しめられたのに、許すの?」
「母さんを許す事で、自分を許したの。」
母を許す事で、自分の恨んでた気持ちも許した。許しても良いと思えたから。
「俺にはまだ無理だよ。姉さんほど達観してない。恨みの方が強いから。」
「うん。それで良いと思う。私は達観したわけじゃない。全部、本人にぶちまけたから、許せた部分もあるから。優は優のままで良いと思う。それが、自由って事でしょ?私に合わせる必要なんてないんだから。」
その言葉に弟はにっこり笑いながら、
「そうだね。自由だよね」
といいながら、コーヒーの残りを飲み干した。
いつか彼が言っていた。自由とは自分で選んで進むこと。でもそこには、自分に対しての責任が伴うという事だと。選んだ後、後悔してもしなくても自分が選んだことだから、誰にも責任は取ってもらえないし、誰も恨んだり出来ない。自由と責任は一つなのだと。
今なら分かる。自由のない静佳はいつも母の選択にしたがってきた。そこに自由はないけれど、自分で選んだという責任はなく、ただ母を恨んで選ぶ責任を放棄していたのだと。
でも、あの当時は子供だったから、ただ母が怖くて、そうしてしまったけれど、今はもう大人だ。
これから先は、自分で自分の責任を持って自由に生きていこうと思う。
「母さんもコンプレックスの塊だったのかもな。俺たちにそんな思いをさせたくなかった、って部分だけは、少し理解出来る。自分が親になったら、俺は子供の好きなことをさせてやりたい。でもそれは、俺たちに自由がなかったからで、自分が嫌だったことを、させたくないのが親ってものなのかも。」
眉間に皺は寄っているが、少しは母の言葉を理解しようとしているらしい。
「そうだね、だから母さんも最初はそうだったのかもね。」
「でも、都市伝説ってのも、本当に出会うこともあるんだな。ちょっと怖いかも・・・」
「私もビックリよ。」
こんな風に、いつも弟と静佳は過ごしてきた。
支え合い、信じ合って。
それはこれからもきっと続いていく。あとどれくらい生きられるかなんて検討も付かないけれど、今日起きた出来事は、静佳が本当の意味で自分を取り戻した第1歩だ。
決して、今日の事は忘れないだろう。
「今度、お墓参りに行こう。ずっと行ってないから。そこで恨みでも何でもぶちまければ良いよ。」
何年も放置されたお墓がどんな状態かは分からないが、母に手を合わせに行こう。彼も一緒に。
そして、いつか、家族が増えたときに皆でお参りをしよう。
そこにいなくても、母が私の中で、生き続けるために。
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