第4話 伝わる

文字数 4,080文字

「ホワ・・・ママはちゃんとホワのこと幸せに出来ていた?」
絞り出すようにホワに尋ねる。
「僕は幸せの意味が良く分からないけど、ママ達と一緒だった時は楽しかったし、嬉しかった。それが幸せっていうことなら、幸せだったと思う。」
「ママ、僕たちは普通、言葉を話せないし、ママ達の話している事は殆ど分からない。でも、ママ達が僕を大切にしていることは、ちゃんと伝わってきたよ。ママは僕が喋ると、いつも可愛いって行ってくれた。僕の好きな種も、豆苗も用意してくれて、散らかしても、大事な物を咬んでも、駄目でしょっていいながら、目はいつも笑っていた。僕の好きな玩具も、いつも綺麗にしてくれて、手作りで玩具も沢山くれた。他の鳥の事は分からないし、僕にとってここが僕の世界の全てだから、比べられる物なんてないけど、それでも僕はママ達といられて、嬉しかった。」
「ママはホワの嫌なこと、しなかった?」
「うーん・・・病院って所は嫌いだった。後、ママが僕を吸うのも、意味が分からないし、時々止めて欲しかったかな。後は、ママから離れて、カゴに入るのも嫌だった。」
万物共通して、病院は嫌な物なのだろう。
吸うのは・・・鳥飼としては普通だし、何故か匂いを嗅がずにはいられない・・・何故だ?
「ママは僕がママを嫌いだと思ってたの?」
「そんなわけない!というか・・・ママはホワが大好きで、きっとホワもママを好きだと思ってる。」
「きっとじゃないよ。僕たちは、弱いから本能的に怖い物には近寄らないし、臆病なんだよ。初めての物には警戒もする。でも僕はママの肩にも頭にも、指にだって乗るのが好き。」
そう言いながら、肩や頭に飛び乗ると、また指に帰って来る。
「ママのほっぺも好きだし、口だってたまに頭入れようとしてたでしょ?あったまにほっぺ舐めるとしょっぱいのは嫌いだったけど。」
多分、私が泣いている時に舐めた時の事を言ってるのだろう。
「そうそう、今みたいに、一杯水が目から出てた。」
「これは涙っていうんだよ。悲しいときや嬉しいときに出るの」
難しい言葉は知っているのに、涙は知らないの?と少し笑いそうになった。
「ふーん。だからね、僕はママが怖くなかったし、ママと一緒にいたかったんだ。いつもね。それは大好きってことじゃないの?」
・・・・・・・・・・・・
「ママは僕がママから離れたから、嫌われてたんじゃないかって思ったんでしょ?僕が外へ出たのは、幸せじゃなかったからじゃないかって。だからそんなこと聞くんだ。」
「それは・・・・」
「僕の幸せとか分からなくて当たり前だし、そもそも、ママが読んでる本だって、僕たちに聞いて書いたものじゃない。本が正しい事もある。食べちゃいけない物とか、危険物とか、病気とかね。でも、全てじゃない。例えば、人間の取扱説明書なんて作ったら、それこそ大変なページになっちゃうよ。それと同じ。僕たちにだって個性や好みがある。まぁ殆どが本能だったりするけど・・・だから、ママが出来なかったことが、僕にとっていけないことだったのかもとか、僕が幸せじゃなかったのかもとか考えるのは、違うよ。僕はママが大好きで、それが全てなんだよ。」
また涙が溢れる。どこからこれだけの水分が出てくるのかと思うほどに、涙は次々と頬を伝う。
「でも、ママがちゃ、んとホワをカゴに、入れていれば、ホワはママといられたでしょ?」
喉がヒクヒクなる。言葉が途切れて、聞き苦しい。
「確かにそうだけど・・・ママと離れた事は悲しいし、新しいお家も行きたかった。でも、ママにはいつまでも後悔して欲しくないんだ。過去は変えられない。でもいつまでも、僕のことで悲しんで欲しいなんて、思ってもいない。もともと、僕たちはここではない、どこか遠くの国で、野生で生きて、生きるも死ぬも隣り合わせの生き物なんだよ。勿論、人間が僕たちを世話してきたから、僕たちはその野生を知らない。だけど、その野生に比べたら、僕はママ達に守られて生きてきたんだから。だから、僕は、今でもママが大好きだし、ママを恨んでもいない。」
「ホワ・・・ホワ・・・」
「それに、グリだっているでしょ?グリを悲しませないで。きっとママを心配してるよ。僕以上にママにべったりなんだから。僕はいつだってママの側にいるよ。ママの中に。」
「だからもう泣かないで、ほら。ママは笑ってる方が好きだ。僕とお話出来るのに、ずっと泣いてる。泣いてたらお話、出来ないから・・・ね」
そう言ってほっぺをツンツンと突く。
裕子はまた片手で涙を拭って、無理矢理、笑顔を作る。
「そうそう。ママは僕が話すといつも笑ってくれたよ。今日は一杯喋ってるのに・・・全然笑ってくれない。」
少しふてくされている口調のせいか、ホワの表情までふてくされているように見える。
それが少し可笑しくてクスっと笑いが出る。
「ママ、僕ね、正直、小松菜嫌いだったんだ。葉っぱの匂いがする。」
「豆苗だって葉っぱでしょ?でもホワは好きだったでしょ?」
「豆苗は遊びながら食べられるから好き。ちぎった時の感触が・・・」
そこでここに来て初めて裕子は声を出して笑った。
小松菜も豆苗も好きだと思っていたのに。
「小松菜は取りあえず、突きはするよ?あれば気になるから。でも大きすぎるし・・・」
「あはははっホワは小松菜嫌いだったのね。確かに、豆苗の食い散らかし方は半端じゃなかったけど、グリちゃん食べるとこなかったもんね。いっつもホワが散らかしたのを食べてたよね」
「グリは体が大きいから、僕より一杯食べるでしょ?僕が先に食べなきゃ、僕の分がなくなるし、ちぎる楽しみが減る。」
「グリはいっつもママにべったりでさ、僕が肩に乗っても焼き餅焼くし、普段はツンツンしてるのに、ママの前だけデレデレなんだよ。僕だって、ママの肩にいたいのにさ。それにグリは僕に玩具を貸してくれないんだ。自分は僕の玩具で遊ぶのに。」
「確かにグリは甘えん坊だよね。でも、グリのこと追いかけてたじゃない。ホワも好きでしょ?グリのこと。」
「うん。グリは好き。でもママを取るグリは嫌い。」
好きなのか嫌いなのか・・・
涙もようやくひいて、まるで子供と話しているような幸せな会話が続く。
グリのこと、パパのこと、ご飯のこと・・・・沢山、話した。そして・・・
「ママ・・・僕ね・・・」
急に声のトーンが落ちる。
「ん?どうしたの?」
「ママ、僕ね、ここに来れて、嬉しかった。ママとちゃんとお話出来て、楽しかった。僕、思うんだ。きっと僕が生まれたのは、ママに出会うためだったんじゃないかって。そう思いたいんだ。」
そう話し始めたホワの体は、少し透けている。
「だからね、ママ。もう僕を探さなくて良いよ。僕はママの中に、ママが生きている限り、ずっといるから。ママは、僕に幸せだったか聞いたよね?きっとこの時間が幸せだと思う。ここはお互いの思いが通じていないと入れないんだ。だから、こんなにも愛してもらった僕は、幸せだ。もう泣かないで。お願い。僕は幸せだから。それだけ忘れないで。」
言葉を発する度に、ホワが薄くなる。
「ホワ、行かないで、ママの側にいて。」
「ママ、大丈夫。見えなくてもいつも側にいるから。ママ大好きだよ。」
「ママも大好き!」
そこまで言うと、完全にホワの姿が消えた。
さっきまで乗っていた指先に、もう温かさも重みも感じられなかった。
その指をもう片方で包み、胸の前で抱きしめる。
ホワが消えてしまった悲しみと、夢だったとしても、ホワと会話が出来た事の幸福感で心は弾けそうだった。
「無事に会えた様ですね。」
頭上から、聞き覚えのある声が響いた。
桔梗・・・と言ったか。あの喫茶店の様な場所で出会った彼女だ。
「はい。会えました。」
「それは何よりでございました。」
「あの・・・一つ聞いても良いですか?」
立ち上がった裕子はまっすぐに桔梗を見る。
「どうぞ。答えられる範囲でならお答えいたしましょう。」
「ここは・・・夢の世界ではないんですよね?今ホワと話したことは、私の願望が作りだした幻覚でもないんですよね?」
一瞬間をおいて桔梗が答える。
「ここは夢でも、幻覚の世界でもありません。世の中では都市伝説やら、奇跡やらと言われてはおりますが、裕子様が体験されたことは、全て本物、現実でございます。人というものは、自我が幾分強く、複雑な心と多弁な口を持っているせいか、見た物をそのまま受け入れる事が、難しいのでございましょう。しかし、ここで起きたことを、どう小林様が捉えられたとしても、私は嘘を申してはおりません。ですから、小林様がどう思われるかは、私にはどうすることも出来ません。」
現実だとしたら、私はまた、ホワに救われたことになる。
「私がここに来たのは、きっと答えを探していたからでしょう。今なら分かります。認めたくない事実の答えと、ホワの気持ちを知る事が出来た今なら。」
「ここは、探し物が見つかる場所でございます。それは物には変えられない価値のある物。そして、互いに心の結びつきが強ければ強いほど、お社様は招き入れます・・・少し話しすぎましたか。ともかく、小林様がここで見て聞いた物は飾りでも願望でもなく、本物でございます。後は、己の心次第・・・」
風もないのに、漆黒の髪がふわっと揺れる。そこから現れたのは、最初にいた赤い鳥・・・
「僕も鳥形だから、他鳥事とは思えなくて、つい姿を見せちゃった。でもきっとホワは幸せだと思うよ。飼い主にこんなにも思われて。」
「これ、朱居。黙りなさい。」
桔梗がそういうと、また髪の毛が揺れて朱居も姿を消した。
「そうですね。ホワが幸せなら、私はもっと幸せです。ホワに愛されていたことが分かりましたし、何よりも、恨まれていなかった。恨んでいるのではないかと考える方が、ホワに失礼ですね。ありがとうございます。」
「私共は何もしておりません。ですが、小林様の探し物を見つけるお手伝いが出来たことは、光栄でございます。」
そう言って妖艶な笑みを浮かべる。
「さぁ帰りましょうか。」
そう言って、桔梗が扇を一振りしたかと思うと、また闇に包まれていた。
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