第6話 亡くし者 2

文字数 1,754文字

どれくらい泣いただろうか。
瞼が異様に重いのは、腫れているからだろう。こんなに泣いたのは久しぶりだった。
「ここに来る前は、母さんに会いたくて、会いたくなかった。ここはどういう場所なの?」
「私にもよく分からない。ただ、ここにこれるのは、一握りの人だけ。でも、会いたい人に会える場所という事くらいしか知らないの。」
「母さんの今いる世界は、どんなところなの?」
「どんなって・・・流れに乗って、循環してる感じの場所よ。私という存在はあるけど、存在が混じり合っているというか上手く説明できない。だから、静佳達の現状は知らないの。私の記憶と思いだけがずっと続いている感じだから。この場所の存在も教えられたものじゃなくて、そういうものだと知っていただけ。人の形になるのは久しぶりね」
思念だけの世界と言うことなのだろうか。
「静佳は今、幸せなの?」
「うん。今は彼と一緒だから・・・母さんは嫌だろうけど。」
「ううん。そう。彼と一緒になったの。幸せなのね。それが聞けただけでも私は、安心したわ。これから先、彼と仲良く生きて行くのよ。私がこんなこと言うのも可笑しな話だけれど。」
母に許可をもらったようで、少し嬉しかった。何だか、心の澱を全て出し切ったように清々しく感じる。
「母さん、ごめんなさい。ほっとしてしまって。私、ひどい娘だよね・・・」
「また言ってる。もういいの。ひどい娘なんかじゃないわ。私の自慢の娘だもの。なんでもっと早く気づかなかったかな。あなたたちがいるだけで、自慢な事に。こんなに素直で優しい子供達がいたのにね。」
そっと私の頬に触れながら、母は微笑む。それは穏やかで、優しい母の顔だった。
「帰ったら、優にも伝えて頂戴。許してくれるとは思えないけれど、それでも伝えて欲しい。母さんが間違っていたこと、幸せになって欲しいと願ってること。それから・・・私なりに愛していたこと。」
「うん。信じないかもしれないけど、ちゃんと伝える。」
「もう二度と、静佳達に会えることはないと思うけれど、いつも私は静佳達との思い出の中にいるから。それは悪い思い出の方が多いかもしれないし、思い出したくないかもしれないけれど、静佳達の事は、私の魂に刻まれているから、私は決して、静佳達を忘れない。そして今日のことも。」
母の姿が少し、透けてみえる。さっきまではあんなにはっきりと見えていたのに。
静佳は目をこすって確認する。
「もう時間みたいね。もうすぐ、母さんは元の流れに戻らないと。」
「まだ、話したいこと沢山あるのに・・・待ってよ。もう少しで良いから。」
「静佳、自分の答えはもう見つかったでしょ?あなたが私に何を求めていたのか、ちゃんと心に答えが出ているはずよ。大丈夫。母さんがいなくても、静佳は前を向いて、人生を楽しみなさい。」
もう体の半分も残っていない。
「お母さん、大好きだったよ。本当は、お母さんに褒めて欲しかった。お母さんに死んで欲しくなかった。お母さん、ありがとう。」
静佳の言葉が届くか届かないかで、母の姿は消えてしまった。
今までいた場所に足跡さえ残っていない。
静佳は座ったまま、その場所をじっと見つめていた。
今までいた母との会話を思い出しながら。
「亡くし者は見つかりましたか?」
背後から急に声がしたので振り向くと、あの桔梗という女性が立っていた。
「はい。今し方、消えてしまいましたが。」
「それで、何か得るものはございましたでしょうか?」
「はい。これが夢でも、現実でも、幻覚でも、私の探してた物はしっかりと心で受け取りました。」
「それはようございました。沢村様にご満足頂けたなら、幸いでございます。」
桔梗は立ったまま、相変わらず妖艶な笑みを浮かべて静佳を見ている。
「ここは良い景色ですね。良い思い出のあった場所のようです。」
「分かるのですか?」
「分かりますとも。人間はそれぞれ執着のある場所をお持ちですから。ここは沢村様にとって大切な場所なのでしょう。」
その通りだ。まだ幼かった頃の、楽しかった思い出が沢山ある場所・・・
「そろそろ戻りましょうか。お社様もお休みになる刻限でございますので。」
桔梗の言うお社様がなんなのかは分からないが、ここにいても仕方がない事だけは分かる。
「そうですね。戻ります。」
そう静佳か微笑むと、そのまま意識を失った。

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