第3話 壁に耳あり障子に目あり

文字数 2,571文字

 大部屋から保管室、技術室、スタジオの並びを過ぎ、シマさんは見知った茶髪が受付をうろついているところに出くわした。

「よう、シマ君。サテライト?」
「はい。寺山さんはお客さんのところですか」
「同録持っていくだけ。途中まで一緒行こうや」

 寺山さんは営業だ。ここのラジオ局では、または小さなラジオ局はどこでも人手不足だからか、新人職員は営業・制作・編成各部門全て研修することになっている。シマさんの営業研修は散々だった。もともと気が利かず、社交性に難有りなのである。そんな訳でシマさんは営業部へ足を向けて寝られない。できるだけ営業さんに迷惑をかけないように、身を潜めて制作へ注力することにしているのだ。人に絡むのが大好きな寺山さんには無効であるが。ちなみに同録とはオンエア番組を録音したもので、スポンサー企業に納めることもあるし、出演者へ寄贈したりする。

「新しい番組作るんやって?」

 寺山さんは、大阪支社から出向してきた四十初めの神戸人である。お客さんの前ではともかく、同僚と話す時には神戸弁になる。大阪弁と神戸弁は違うで、支社ながかったから混ざってもうたけど。と、からから笑う。シマさんや宮野ディレクターが担当している文化・エンタメ系の売りにくい番組も、積極的に取り上げてくれる。茶髪は自分でヘナぶっかけとるんや、と言い、単身赴任になってしまったけれど愛妻家で一人娘がおり、鞄にはいつも変わったタイトルの文庫本が入っている。営業たるものなあ、話題の引き出しは沢山持っておいた方がええやん。ということらしい。ボーン・トゥー・ザ・ラジオ営業。シマさんが営業コンプレックスにならないで済んだのは、寺山さんと林田さんのお陰なのだ。林田さんはもう一人のベテラン営業さんだが、さっきも大部屋でコーヒーを飲みながらクダを巻いていた。

「はい、フォークロアの紹介と、それをもとにした朗読劇で構成しようかと思ってるんですが」
「根津君にキューシート見せてもらった。売ってみたらいいやん」
「売れますかね……」
「あかんで、売れますかね、じゃなくて、売るの」

 ビルを出て地下鉄の駅へ向かいながら、寺山さんは鼻歌をうたい出しそうに言う。シマさんは鞄を肩にかけ直し、よろよろと着いていく。

「ちょうどハーブの化粧水や健康食品を扱ってる会社に営業かけよう思ってたところだから、候補番組リストに入れとくわ」

 シマさんは何につけても自信が無い。制作が営業をどうサポートするかは知っているつもりだ。顧客企業がこのラジオ局という媒体と番組を使って、最大利益を得られるように考えればいい。ラジオは斜陽産業(失礼!)だが、それでも公共の電波に名前が露出すると言うことと、ポッドキャストなどオンラインの音声コンテンツとしてアーカイブ化できるという利点が有る。ただ、画像の無い音声だけで構成されているところがネックであり、また強みでもあるのだ。ラジオは、話術と聴覚だけが織りなすスペクタクルな世界で、シマさんはまだそこにちょこんと足を突っ込んだにすぎない。

「でもフォークロアを元にすると朗読劇が暗くなっちゃうんですよ……」
「そう? まあ昔のフェアリーテイルとかは、子供の暴力性を発散する目的もあるらしいからな。赤ずきんちゃんとか、眠りの森の美女とかどーなん。真面目に考えたらグロすぎるやん」
「ですから企業イメージに良いかと言うとですねえ」
「あんなあ、悲惨だから笑い飛ばすんやろ」

 横断歩道の真ん中で信号が点滅し始めて、シマさんは慌てて渡る。そうだ、落語にだって怪談噺があるように、ブラック・コメディというように、悲惨なことも突き放して語ると笑えるのだ。問題は自分にそれを書く実力が有るかどうかだ。

「ラジオなんてな、モノ造らんで電波売ってるだけと言われるかもしれんがな」

 メディアはモノを製造しない。人の生命に関わるような仕事でもない。社会に起こるさまざまな事柄を傍観しているだけだ。人と人とを媒介はするが、当事者にはならないし、なれない。ラジオ局に三年勤めて、シマさんの内部ではそういう自己嫌悪が薄っすらと渦巻き始めていたので、寺山さんの言葉にギクリとする。

「ワクワクすることや、気付くことや、夢を売ってるんだからな。最高の営業やん!」

 だからシマさんは、寺山さんをカッコイイと慕っているし、営業職って面白いなあ、と思うのだ。向いていないだけ。


第三回 Cueシート原稿

00:00 カットイン

All around the cobbler’s bench
The monkey chased the weasel
The monkey thought ‘twas all in good fun
Pop! Goes the weasel

Up and down the King’s Road
In and out the Eagle
That’s the way the money goes
Pop! Goes the weasel

(ジングル)*制作中
(タイトル)*未定

樋口さんトーク:みなさんこんにちは……

[概要]
『ポップ! ゴーズ・ザ・ウィーザル』、「ほいさ、とイタチ」、阪田寛夫訳では『いいやつみつけた』は、イギリスで十八世紀にはメロディの原型ができていたと考えられる。初めは歌詞の無い(タイトルは”Pop! Goes the Weasel”で同じ)ダンス曲で、ロイヤル・ボールなどで踊られたことから全国的に大変な人気となり、歌詞は後から付けられた。そのため多様なバージョンが存在する。上記はアメリカで歌われている歌詞の一つ。

歌詞の意味、特に”Pop! Goes the Weasel”の部分についてはいろいろと解釈されているが、定説は無い。糸紡ぎ機の片輪をspinner’s weaselと呼ぶので、その動きについて歌っているのであるとか、weaselはコートのことで、コートを質に入れ、monkeyという金銭トラブルに追いかけられている比喩である、等々。二番の歌詞にあるeagleは、ダンス曲が有名になった当時のパブ/ミュージック・ホール、the Eagle Tavernのことであろうと言われている。

[朗読シナリオ案]
*別紙参照

樋口さんトーク:……それではまた来週お会いしましょう。

(ジングル)*制作中
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