第2話 王様の耳は……

文字数 1,909文字

 「ま、いいんじゃないの?」
 小岩井プロデューサーは、ここのラジオ局制作部のドンである。一番の古株で、メディア界芸能界に何やら怪しい伝手を持ち(と噂される)、リール(ラジオの録音テープ、デジタル化以降はアンティークである。)を魔術のように操り、大きな耳に大きな目に髭にボウタイで進出鬼没だ。番組作りに関しては大いに熱いが、若手制作局員が教えを請うても、大概、ま、いいんじゃないの。である。
「『本当は怖い』なんちゃらとか、“絵画の謎”とか流行ったからな。ラジオならフォークロアだろうな」
 編集室はいつも雑然としている。コンピュータと埃を被ったリール台、散らかったキューシート、フリー素材のCD、各種コードが絡み合い、いつから放置されているのか飲みかけのコーヒー……その一角で小岩井プロデューサーは、ジャケットのポケットに手を突っ込んだまま脚を組んで座っている。シマさんは恐る恐るキューシート原稿と小岩井さんを見比べる。経験しなければ分からないことは沢山有る。初めての時あんなに緊張した生放送だって、今や兎にも角にも毎週こなしている。だがしかしだ。
「フォークロアっていうか、遊び歌って結構怖いよね。『かごめかごめ』とかさ」
 助け舟を出してくれたのは、松井さん、通称まっきーさんである。シマさんの同期で、営業企画も制作もできるしっかりものだ。今日は小岩井プロデューサーにああだこうだと言われながら、特別番組用の収録素材をラフカットしている。残念ながら縮小産業のラジオ業界には新人が少ないのだが、どういう訳かここのラジオ局は3年前に新人3人を雇用した。まっきーさん、イネちゃん、シマさんである。
「そうそう。子供って残酷なことするのに抵抗がないから……」
 ぼそぼそとそう言って、シマさんは口を噤む。夕日の差し込む編集室に、舞い上がった埃がきらきらと光って見える。シマさんには嫌な思い出があるのだ。小学生の時、下校途中の道端で見つけたミノムシを、面白半分に車道に転がして、車に轢かせたことがある。潰れたどろりとした亡骸を見て、シマさんは自分が酷いことをしたことにやっと気が付いた。それ以来、自分は人でなしだという自覚につきまとわれている。こうして時々思い出すだけだけど。
「純粋と無知って英語じゃ同じだもんね。あ、聞いて聞いてシマちゃん、このジングル」
 まっきーさんはシマさんのことをシマちゃんと呼ぶ。同期に恵まれて良かったなあ、とシマさんはつくづく思う。
「凄いカッコいい!」
「予算に少し余裕が有ったから、外注したの」
「いいなあ、フリー素材ばっかり使ってると、他局と被りそうなんだもん」
 ジングルというのは、コマーシャルの前後やコーナー転換の際に挿入される短い曲と番組(コーナー)コールのことである。テーマ曲(有れば)に続いて番組を印象づけるので重要だ。シマさんはもっぱらフリー音楽素材とアナウンサーさんのコールを自分でミックスしてつくっている。編集画面を二人で覗き込みながら、まっきーさんが囁いた。
「昔ね、私が鬼で目をつぶっている間に、友達がみんな隠れちゃったことがあったの。驚かしてやろうと思ったんだろうけどね。『後ろの正面だあれ』で顔を上げたら誰もいなくて、私、泣きながら家に帰ったんだよ」
 翌日謝ってくれたけど、忘れられないの、なんでだろうね。うん、と薄暗い画面に映るシマさんの顔が頷く。純粋も無知も無実も英語ではみんな同じなの。


第二回 Cueシート原稿

0:00 カットイン

A ring a ring o’ roses
A pocket full o’ posies
Atishoo atishoo
We all fall down

(ジングル)*制作中
(番組タイトル)*未定

樋口さんトーク:みなさんこんにちは、……

[概要]
『リング・ア・リング・ローズ』は18世紀後半から文学作品やフォークロア歌集に見られる遊び歌である。真ん中に一人立ち、手を繋いで輪になった子供たちが歌いながらその周りを回る。“We all fall down“で屈んだり礼をする動作をして、一番遅かった子供が次に真ん中に立つ(“薔薇の木”になる)。ドイツ地方で生まれたものらしく、由来は分かっていないが、当時“異教徒”とされた人々の自然観、つまり妖精や子供の持つ超自然的な力について歌ったものだという説が有る。

象徴的でミステリアスな歌詞のため、異なる文化で多様な解釈があり、各国で歌詞のバリエーションが見られる。

[朗読シナリオ案]
*別紙参照

樋口さんトーク:……それではまた来週お会いしましょう。

(ジングル)*制作中
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