第6話 桃栗三年柿八年

文字数 3,765文字

 メンチカツパンを頬張りながら、第六スタジオの編集用コンピューターでシマさんは午前中に録音した音源をラフカットしている。近くのコンビニで売っているメンチカツパンは、目下シマさんにとって一番のランチである。何よりもシマさんはメンチカツが好きである。勿論最高なのは実家の近所のお肉屋さんで買えるメンチカツだが、メンチカツパンは染みたソースが乙である。そして、値段の割りに重量があってお腹に溜まる。つまり、リーゾナブル。お金も時間もないアシスタント・ディレクターの強い味方である。メンチカツパン、有り難や。
「シマちゃん、おすそ分け〜!」
 第六スタジオは以前報道デスクを兼ねていたので、経済指標やマーケットニュースが更新されるアプリケーションの端末が置かれ、比較的スペースが広い。その厚いガラス張りの扉から、ひょこりと稲ちゃんが顔を出した。
「イベントで余った販促品だけど、ボールペン使うでしょ」
 稲ちゃんは、マッキーさんとシマさんの同期である。三人とも入局時に制作研修と営業研修両方を受けているので制作もするが、快活でさっぱりした性格のためか、営業部から応援を頼まれることが多い。軽く染めたウェーブの髪を束ね、明るい色のスーツが良く似合う。ストラップとマウスパッドも有るよーと紙袋から取り出して見せてくれる。シマさんはメンチカツパンをもごもご咀嚼しながら、礼を言う。
「今度またマッキーと三人でランチ行こうよ、林田さんが新しいお店教えてくれた」
「うん」
「昨日の打ち上げ来れなかったの残念だったね、ご飯美味しかったのに」
 稲ちゃんには悪いが、基本的にシマさんはスポンサー企業との飲食が苦手である。昨日のセミナー・イベント打ち上げ会も、取材のアポが有る、と言って参加しなかった。特にお酌やオーダーをするのがとんでもなく下手であるし、場を盛り上げるような会話もできない。その点、稲ちゃんはひょいひょいこなせるので、シマさんは羨望を隠せない。
「石塚さんが、サテライトの木曜枠について、シマちゃんから企画書もらうようにって言ってたけど」
 シマさんのみみっちい煩悶など気にも留めず、稲ちゃんは傍らの椅子に座ってにこにこと話し続ける。石塚副部長の名が出て、シマさんは危うくメンチカツパンを喉に詰まらせそうになった。
「え、でも決定なんじゃないの」
「うん、他番組のお客さんがサテライト枠を買うから営業企画書じゃなくていいんだけど、コーナーとかゲストとか新しくしなきゃでしょ。制作費上乗せしてくれるかもよ!?」
「あ……明日までには書きます」
 石塚さんは営業部の副部長である。矢井田部長は超紳士で、穏やかな笑顔の下本心が分からないところが怖いが、石塚副部長は局員に対し容赦が無く恐ろしい。石塚さん、さすがだよね、と稲ちゃんは言う。シマさんだって、石塚さんが日頃どれだけの仕事をこなしているか知っているつもりだ。お客さんへの対応は上品で、話題も豊富、仲裁が上手く、経理能力に長け、気が回りそつが無く、美人である。その尊敬すべき上司から、ダメ出しを受けること数え切れず、遂には「何考えてるのか分からない」とまでボヤかれたのが、シマさんである。就職するまでも、自分ってちょっと、世間さまからはズレてるかも、と思っていたシマさんだが、石塚さんに言われてから、自分は大分ポンコツである、という自覚が付いてしまった。
「なんで私が制作担当なのかなあ、中島さんや宮野さんの方がよくない」
 制作局員であっても、当然と言うべきか、提供の大きな番組を担当したいと思うものである。今回某中堅証券会社さんがスポンサーを決めてくれたのは、生放送の市場情報番組なので、編集をやり込む必要は無いが、ベテランが担当するに足る玄人枠だ。編集画面を見ながらぼやくシマさんに、稲ちゃんは目をぱちくりさせる。
「だってシマちゃん、お客さんと仲いいじゃない」
 今度はシマさんが怪訝な顔をする番だった。
「そうなの?」
「解説の斉藤研究員とよく喋ってる」
「斉藤さんは出演者だもの」
「お客さんの要望は斉藤研究員が出演することでしょ、その斉藤研究員がシマちゃんとなら仕事してもいいって言ったんだから。お客さんだってハッピーだよ」
 稲ちゃんは可笑しそうな困ったような微妙な顔で小首を傾げた。シマさんは冷えたコーヒーで、メンチカツパンの最後の一口を流し込む。
「メディアに名前が出るとか、著名な出演者とか、セミナーや教材として二次利用できるとか、営業には売り方があるし、それが一番重要なお客さんもいるけど、面白い番組をつくるには、やっぱりディレクターとの相性だから」
 企画内容によって営業は、誰を制作担当にするか考えなければならない。売り込み先の業務内容や企業風土だとか、あちら側の担当者の人となりを踏まえて、できるだけ長く付き合っていけそうなディレクターを候補にする。酸いも甘いもかみ分けた大御所小岩井さん、教育からエンタメまで幅広く対応できて社交的な中島さん、クラシックなカルチャー番組や教養番組なら住井さん、斬新なニュース番組や情報エンタメ番組なら宮野さん、ほっこりトーク番組や語学学習番組は湯木さん、そしてシマさん。経験の度合いは違えど、相性に優劣は無い。
「シマちゃんの見方って変わってるよね」
「それ褒めてるの」
「斉藤さんは研究員だから、お、その発想面白い、って思うんじゃない?」
「斉藤さんが変わってるんだよ。私を飲みに連れていってくれる奇特な人だもん」
 ちなみにシマさんは一滴も飲めないので、斉藤研究員の傍らでひたすら食べて相槌を打つだけである。
「石塚さんも、シマちゃんはアーティストかリサーチャーになれる、って言ってた」
「向いてないってことじゃん……」
「でも人と人とが何か作り出すのは、化学反応みたいなものでしょ」
 営業の企画と、スポンサー企業が提供できるものと、出演者とディレクターが現場で進行することと、社会情勢や消費者心理や流行もろもろが影響しあって、どかーんとまたはこっそりと、新しいものができるのだ。予想だにしなかったものが生み出せれば、営業としても快挙である。みんなその瞬間を待っている。
「シマちゃんフォークロアの新しい番組つくるんでしょう」
「うん……寺山さんがスポンサー探してくれてる」
「『あーぶくたった、にえたった』って遊び歌さ」
あれさ、『むしゃむしゃ』食べられるものを『とだなにしまって、かぎをかける』ってどういうこと、って思わない? それで夜中に誰か訪ねて来るんだよ、『とんとんとん……』。どんだけのヤバいもの食べちゃったの、って少し怖いけど、断然知りたいよね。稲ちゃん、そのバイタリティは、私も見習いたい。


第六回 Cueシート原稿

00:00 カットイン

She’ll be coming ‘round the mountain, when she comes
She’ll be coming ‘round the mountain, when she comes
She’ll be coming ‘round the mountain
She’ll be coming ‘round the mountain
She’ll be coming ‘round the mountain, when she comes

She’ll be driving six white horses, when she comes
She’ll be driving six white horses, when she comes
She’ll be driving six white horses,
She’ll be driving six white horses,
She’ll be driving six white horses, when she comes

And we’ll all go out to meet her when she comes
Yes, we’ll all go out to meet her when she comes
We’ll all go out to greet her,
We’ll all go out to meet her,
We’ll all go out to meet her when she comes


(ジングル)
(タイトル)『長靴をはいた私と眠らずの森』(仮)

樋口さんトーク:みなさんこんにちは……

[概要]
『彼女は山を越えてやってくる』の初出は1890年代のアメリカである。黒人霊歌の『チャリオット(二輪戦車)がくるとき』と同じメロディであり、中西部の鉄道敷設労働者たちによって歌われ始めた。または当時南部州から北部州やカナダへ、奴隷たちが逃れるための“地下鉄道“組織で使われた暗号であったとも、労働争議においてマザー・ジョーンズの役割を指すものだとも言われている。

元来の歌詞が暗示するものはキリストの再臨と、“彼女”とはキリストを載せるチャリオットのことであったとされるが、現在は子供のグループ・ソングやキャンプ・ファイヤーソングとして愛唱されている。

[朗読シナリオ案]
*別紙参照

樋口さんトーク:……それではまた来週お会いしましょう。

(ジングル)
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