6 戀の過去と兄の恋人

文字数 1,562文字

「あのさ、少しプライベートに触れる質問しても良い?」
 実は陽菜(はるな)の兄のことで、(れん)には最初から気になっていたことがあった。その話が出ないのはNOということなのだろうとは思っている。しかし捜索するにあたって明確にしておく必要があった。
「あ、もちろんお兄さんのことで」
「う、うん」
 戸惑った表情をしていた彼女がホッとしたように頷く。
 その様子から、陽菜は何を聞かれると思ったのか不思議に感じた。

「で、質問って?」
 陽菜は自分の態度に関して深く追求されたくないようだ。戀に質問の内容を促す。
 現在、例の珈琲店へ向かう車の中である。
「お兄さんって、恋人とか頻繁に会う相手っていなかったの?」
「ああ。詳しく聞ける相手ってことね」
 度々思うことだが、彼女は勘が良いと思う。だからこそ自分がいなくても真実にたどり着くのではないかと思ってしまうのだ。
 だが先ほどそれについては否定されたばかり。車に乗り込んですぐにそんな話になった。

『陽菜さんって人の心に敏感だよね。さっきはありがとう』
 その言葉に対して彼女は不思議そうな顔をしていたが。
『その……お兄さんの家の近所の人の口から元カノの話が出た時』
 戀が状況を話し、口ごもると何のことなのか察したように切なげに微笑んだ。
『だってあの珈琲店で元カノさんのこと引きづっているといっていたし。それなのに、今の彼氏に遭遇したと思ったら動揺もするだろうし、辛いよね』
 ”だから、気にしないで”と言う彼女。
『あの。誤解のないように言うけれど。俺は別に、彼女が今でも好きだから引きづっているわけじゃないんだ』
『そうなの?』

 陽菜に惹かれている自分がいる。
 だからこそ誤解されたくないという気持ちも強いのだが、元恋人を引きづっているのは好きだからではなかった。いや、好きでい続けないといけないと自己暗示をかけている自覚はある。けれども根本的にそれが原因ではなかった。

『つき合う前に、文句を言われたことがあって。彼女曰く、それは恨み言らしいけれど。例えば喧嘩になった時に飛び出す言葉って、少なからずも思っていることではあるよね?』
『そうね』
『その時の彼女の言葉からは”ダメなヤツ”という気持ちが伝わってきて、凄くショックを受けたんだ』 
 誰にとっても好きな相手は特別なはずだ。
 どうでもいい相手に誹謗中傷されるよりも、好きな相手に言われる方が傷つく。それは誰でも変わらないだろう。
 その後、想定外のことが起きて彼女に告白した自分は両想いになることができ、付き合いをスタートしたのだが。
『好きと言われてもそのことがずっと引っかかっていて、どうしても好きを信じることができなかった』
 ”そんな風に駄目だと言っているのに、何処が好きなの?”それが戀がずっと抱えていたものだった。

『いろいろとダメ出しもされたけれどさ。人って通常、その人の言動を見て惹かれるものだと思うんだ。ダメ出しするってことは少なくとも、良いとは思ってないし相手を想い通りにしたいだけなんじゃないのかって思う』
 陽菜は何も言わずに戀の腕に触れる。
『ずっと頭から離れないんだよね。彼女に言われたことが』
『わたしは戀くんの全てを知っているわけじゃないけれど、ダメなんて思わないよ』
 彼女に触れられた場所が温かい。それはまるで”もう、解放されちゃいなよ”とでも言われているようで。
 陽菜の傍に居れば過去に出来るような気がしたのだ。

「兄には恋人はいなかったと思う」
「そう、なんだ?」
 チラリと陽菜を見やり、再び正面に視線を戻す戀。これだけ可愛い妹が居れば、目も肥えるだろうと思った。もしかしたら彼女の兄はシスコンか理想が高いに違いない。
 そんなことを思い、勝手に納得していると。
「兄は別にシスコンとかじゃないわよ?」
 陽菜に心を見透かされ、戀は咽たのだった。
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