2 戀と叔母

文字数 1,690文字

「つまり家に必要なものを取りに帰って、ついでにゴミ置き場にゴミを出してから行くだろうと言いたいのね」
 再び隣に腰掛けた陽菜(はるな)(れん)の言いたいことを代わりに言葉にした。
「俺ならそうする。スマホの利用のみで料金を支払えるとしても、限度があるだろ?」
「それは確かに」
「現金はそのまま持っていたかもしれない」
「たまにジャケットにお札を入れている人もいるけれど、兄は少なくともそういうタイプじゃないと思うわ」
 仕事用のバッグにはノートパソコンと財布と交通系ICカードが残ったままだったという。
 どんなに考えても、彼女の兄は単にお酒を買いにコンビニに行っただけとしか思えなかった。

 そこで戀はある可能性について考える。
 今までは誰かにつけられていた、もしくは誰かに何処かへ連れ去られていたと考えていたのだが。
「もしかして逆なのか?」
「逆?」
「そう、追われていたんではなく誰かをつけていた」
 たまたまコンビニからの帰り道に、狙っていた議員を見かけて後をつけた。だから家には帰らずにそのまま。
「ちょっと待ってよ。その可能性は否定はしない。でもその後どうしたの?」
 相手は議員だ。議員とて人間には違いないが、汚職疑惑をかけられるような議員が夜道を一人で歩くとは思えないと彼女は言う。

「じゃあ追っていた相手は後ろから車で追い抜いて行った。そこを目撃」
「それを丁度後ろから来たタクシーで……ってここは23区じゃないし駅前でもないのよ。そう簡単にタクシーが捕まるわけないでしょう?」
 そもそも23区でも簡単にタクシーが捕まるか怪しいものだ。探偵ドラマの見すぎだと言われ、戀はカウンターに突っ伏した。
 どうやらこの推理にも無理しかないようである。

「説明のつかないことに説明をつけようとするから、無理矢理になるんじゃないかしら」
 顔を上げると頬杖をついた陽菜がこちらをちらりと見た。
 大変可愛らしい。
「数学だってXやYを使うわけでしょ? 分からないことは分からないままにしておいて仮説を立ててみたら良いと思うの」
 陽菜の言葉に傍らのメモを引き寄せる戀。
 何か書いてないかと光に空かすが、特に何か浮かび上がるようなことはなかった。一枚外し、近くにあったシャープペンに手を伸ばす。
 こういう時は手書きの方がいいものだ。そんなことを思いながらペンを滑らす。
「戀くん、字が綺麗ね」
「え? あ、ありがとう」
 突然の賞賛に照れる戀。

 実のところ、戀はある理由からペン字を習っていたことがあった。
『男のモテの三大要素は3Kなんかじゃないのよ。それは昭和の産物』
 紙にペンを走らせながら叔母に言われたことを思い出す。
『もちろん、見た目がそこそこ良いってのは最低条件ではあるとは思うわよ? でもこの貧困の日本で稼ごうと思ったら大変よ。非正規雇用者が全体の4割もいるわけなんだから』
 そうしたのは政治。安い賃金で働くと言うことは将来に不安しかないだろう。だから世の中に金は回らなくなる。人は金を使っても困ることなく暮らしていけるから気にせず金を使うのだ。
 日本は完全に間違った方向に行ってしまっている。『北風と太陽』という話から学ぶことは多かったはずなのに。

『それに、見た目だけじゃそこまで分からないじゃない?』
『そうだね』
『だからわかる部分で勝負するのよ』
 ”俺に一体、何を勝負しろと言うのだ”と思いながらも、叔母の話に耳を傾ける。
『日本人男性の魅力は世界的に考えればワースト。自己中心的で男尊女卑思想が根付いているのがその理由の一つかもしれないわね』
 気が利かず、仕事ができる人間は一部。つまり、モテようとすれば簡単にモテることができると言う。

『いい? 戀』
『うん』
 想えば自分は叔母の好みに染められたと言っても過言ではない。
『モテる要素は気遣い、イケボ、字が上手い。これよ』
『え』
『いい男が字が上手くてイケボだったら惚れるでしょ? しかも気遣いが上手と言うことはすなわち優しいということでもあるのよ。相手のことを考えてあげられる。これ大切』
 そのころの自分は叔母に想いを寄せていた為、感化されてペン字を習うことにしたのだった。
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