5 二人が出逢った意味
文字数 1,734文字
「今日はいろいろとありがとう」
「捜索はまだ始まったばかりだよ」
小学生兄弟とその母と別れた戀 と陽菜 は、カウンター席で肩を並べていた。時刻は15時を回っている。つまりは珈琲店の一時閉店の時間だ。
叔母の好意で二人はゆっくりと話す時間を手に入れた。
「ねえ、戀くん」
「うん?」
ティーカップを口に元に持っていこうとした戀はそのまま手を止める。
陽菜は頬杖をついて正面を見つめていた。珈琲店であるにも関わらず、戀が珈琲を注文しないのは何も珈琲が嫌いだからではない。
「兄は生きてると思う?」
「それは……」
今の時点では分からないとしか言いようがない。
それでも何の連絡もないのは生きているからだと思いたかったし、一応身元不明の遺体とは照合して貰ったのだからその可能性を信じたい。だがそれは遺体が見つかっていればの話なのだ。
サスペンスドラマのようなことは日常的に起こるものではない。見つかってしまえば日本の警察は有能らしいし。だがそれと同じくらい有能で熱血な人というのもドラマの中だけに存在しているのではないかと思えた。
警察はストーキング被害に対して真摯に向き合おうとはしないという印象が強いからだ。
「正直、五分五分かな。でも、俺は信じたいよ」
「そうだね」
陽菜が寂し気に微笑む。
「戀くんは兄が居なくなった理由についてどう考えているの?」
「事件か自らかということなら、今の時点では確定事項がないかな」
戀はここへ来るまでの途中で見たポスターのことを思い出す。
「でも、お兄さんは”政治関係”の人について調べていたのではないかと思っている」
何かの事件の真相を暴こうとしていたとも考えられるが、この線が自分にとっては一番しっくりくるのだ。
では政治家のスキャンダルとは何か?
思い浮かぶのは汚職や不倫、性犯罪、不正など。
だがそれを暴かれたところで相手を殺すだろうか?
それは考え辛い。陽菜の話からは無名のフリーライターだと思われる。そんな相手をマークしていたとは思い難い。
記者会見での指名から外すリストの話を思い出してみても、それは以前そういうことがあったから作れるものである。新人がどんな質問をしてくるか、なんてわかりっこない。
「とは言え、それは俺の単なる推測に過ぎない。もっと有力な手掛かりや確証に繋がるものがあればいいなと思うんだけれど」
「それは、どういったもの?」
「お兄さんが何処へ記事を持ち込んでいたか、分かればいいなと思う」
戀の言葉に彼女は少し考え込む仕草をした。
「それなら分かるかもしれないわ」
何かを思い出したように彼女は言う。
兄の部屋に何種か週刊誌があり、それを調べれば兄の記事が載っているかも知れない。そう彼女が言うのを聞いて戀は、直接何かを質問するよりもこんな風に角度を変えて質問すれば見えてくることがあるのではないかと思った。
陽菜に兄が何を調べているのか聞いた時、彼女は分からないと言ったはず。それは事実ではある。しかし手掛かりになるものは存在する。その存在に気づかないだけなのかもしれない。そう思うとなんだか希望を感じた。
今日は兄の部屋の鍵を持っていないという。
明日、また午前中にここで待ち合わせしようと彼女の方から提案され、戀は快諾した。今日はこの辺にして解散にしようと言えば、彼女は再び寂し気に微笑む。
「今日はホントにありがとう」
「お礼なんていいよ」
徒歩で駅に向かいながら。
「わたし一人だったら手掛かりは見つけられなかったと思うの」
「そうは言うけれど、あの兄弟と会うのは確定事項だったと思うよ?」
戀が居なくても、あの兄弟は陽菜を探したはずだ。きっとそれは変わらないだろう。
「でも、戀くんがこども食堂の話をしなければ、図書館の話はでなかったと思うし。わたし一人だったら、そのチラシを二人に渡そうとしなかったかもしれない」
戀は立ち止まると陽菜を見つめる。つられて立ち止まった彼女の柔らかそうな髪が風に踊った。
「だとしたなら。あの日雨が降ったのも、珈琲店の軒先で出会ったのも、お兄さんの”お導き”だったのかもしれないね」
それを人は運命だと言うだろう。
落ち葉が舞う。
急速に彼女に惹かれていく自分がいた。
彩り豊かな、ある秋の日に。
「捜索はまだ始まったばかりだよ」
小学生兄弟とその母と別れた
叔母の好意で二人はゆっくりと話す時間を手に入れた。
「ねえ、戀くん」
「うん?」
ティーカップを口に元に持っていこうとした戀はそのまま手を止める。
陽菜は頬杖をついて正面を見つめていた。珈琲店であるにも関わらず、戀が珈琲を注文しないのは何も珈琲が嫌いだからではない。
「兄は生きてると思う?」
「それは……」
今の時点では分からないとしか言いようがない。
それでも何の連絡もないのは生きているからだと思いたかったし、一応身元不明の遺体とは照合して貰ったのだからその可能性を信じたい。だがそれは遺体が見つかっていればの話なのだ。
サスペンスドラマのようなことは日常的に起こるものではない。見つかってしまえば日本の警察は有能らしいし。だがそれと同じくらい有能で熱血な人というのもドラマの中だけに存在しているのではないかと思えた。
警察はストーキング被害に対して真摯に向き合おうとはしないという印象が強いからだ。
「正直、五分五分かな。でも、俺は信じたいよ」
「そうだね」
陽菜が寂し気に微笑む。
「戀くんは兄が居なくなった理由についてどう考えているの?」
「事件か自らかということなら、今の時点では確定事項がないかな」
戀はここへ来るまでの途中で見たポスターのことを思い出す。
「でも、お兄さんは”政治関係”の人について調べていたのではないかと思っている」
何かの事件の真相を暴こうとしていたとも考えられるが、この線が自分にとっては一番しっくりくるのだ。
では政治家のスキャンダルとは何か?
思い浮かぶのは汚職や不倫、性犯罪、不正など。
だがそれを暴かれたところで相手を殺すだろうか?
それは考え辛い。陽菜の話からは無名のフリーライターだと思われる。そんな相手をマークしていたとは思い難い。
記者会見での指名から外すリストの話を思い出してみても、それは以前そういうことがあったから作れるものである。新人がどんな質問をしてくるか、なんてわかりっこない。
「とは言え、それは俺の単なる推測に過ぎない。もっと有力な手掛かりや確証に繋がるものがあればいいなと思うんだけれど」
「それは、どういったもの?」
「お兄さんが何処へ記事を持ち込んでいたか、分かればいいなと思う」
戀の言葉に彼女は少し考え込む仕草をした。
「それなら分かるかもしれないわ」
何かを思い出したように彼女は言う。
兄の部屋に何種か週刊誌があり、それを調べれば兄の記事が載っているかも知れない。そう彼女が言うのを聞いて戀は、直接何かを質問するよりもこんな風に角度を変えて質問すれば見えてくることがあるのではないかと思った。
陽菜に兄が何を調べているのか聞いた時、彼女は分からないと言ったはず。それは事実ではある。しかし手掛かりになるものは存在する。その存在に気づかないだけなのかもしれない。そう思うとなんだか希望を感じた。
今日は兄の部屋の鍵を持っていないという。
明日、また午前中にここで待ち合わせしようと彼女の方から提案され、戀は快諾した。今日はこの辺にして解散にしようと言えば、彼女は再び寂し気に微笑む。
「今日はホントにありがとう」
「お礼なんていいよ」
徒歩で駅に向かいながら。
「わたし一人だったら手掛かりは見つけられなかったと思うの」
「そうは言うけれど、あの兄弟と会うのは確定事項だったと思うよ?」
戀が居なくても、あの兄弟は陽菜を探したはずだ。きっとそれは変わらないだろう。
「でも、戀くんがこども食堂の話をしなければ、図書館の話はでなかったと思うし。わたし一人だったら、そのチラシを二人に渡そうとしなかったかもしれない」
戀は立ち止まると陽菜を見つめる。つられて立ち止まった彼女の柔らかそうな髪が風に踊った。
「だとしたなら。あの日雨が降ったのも、珈琲店の軒先で出会ったのも、お兄さんの”お導き”だったのかもしれないね」
それを人は運命だと言うだろう。
落ち葉が舞う。
急速に彼女に惹かれていく自分がいた。
彩り豊かな、ある秋の日に。
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