2 小さな気づき

文字数 1,640文字

 考えたくないからと逃げているわけにもいかないだろうと思った。
 もしここで何も見つからなければ、救急指定病院に問い合わせる他ないから。そこで門前払いされてしまったら……いよいよ最後の手段にでるしかない。そのカードはこの手の中にある。
 だが、協力してくれるだろうか。

 何だか胃が痛くなってきたなと戀は胃の辺りをさする。
 一緒に乗っていた三人は陽菜(はるな)の父の車に乗っていた二人と合流すると意気揚々と図書館の中へ向かって行った。陽菜の父と共に。
「いつの間に仲良くなったの?」
 近づいてきた陽菜に問えば彼女は肩を竦める。
「一緒に乗っていた方がね、父のお店の常連さんだったのよ」
 陽菜たちの車には先生と呼ばれていた女性と男性が乗っていたはずだ。その男性はてっきり先生と特別な関係なのかと思っていたが、そうではないらしい。

「戀くんの車に乗っていた方の義弟さんなんだって。お父さんと話がしたくてこちらに乗ったみたい」
「そうなんだ」
 先生の方はアクセサリーを気に入ってくれた陽菜と話がしたいから、あちら側に同席したいと言うのを事前に聞いていた。だからか、てっきり先生と特別な繋がりがあるように感じたのである。
「そっか、先入観って怖いね」
 (れん)は自分の思い込みについて呟くように言葉を零す。

 元カノは最近ある男性と父が院長を務める病院近くの公園で散歩をしているという。よく一緒にいることから先ほどの彼女たちは恋人同士だと思っているようだが、確認は取っていないと言っていた。
 例えばそれが恋人ではなかったとして。友人だったとしても、だから何だと言う話だ。

「戀くん、どうかしたの?」
「あ、いや。世間は狭いなと思ってさ」
 それは嘘ではないだろう。
 しかし濁したところでなんの解決にもなりはしない。いづれは救急指定病院に問い合わせをせねばならないのだから。
 つまりここで話さなくても、時が来たら話さなくてはならないと言うことでもある。後になれば再度説明から始めなければならないだろう。面倒なだけ。
 戀は覚悟を決めるべきだと思った。冷静に話せる自信がなくても。

「先ほど車内で訊いたことがあるんだけど」
 戀は思い切って陽菜に切り出してみる。
「うん。何かな?」
 戀は珈琲店で彼女たちが言っていた『院長のお嬢さん』に心当たりがなく、詳しく聞いてみたと言う説明をした。すると察しが良いのか彼女からは聡明な答えが返ってきたのである。
「そのお嬢さんってもしかしてあの雑誌に載っていた、戀くんの元カノさん?」
 どうしてわかったんだろうと思いつつ、戀は頷く。
「以前はその人とよく一緒にいて、最近はわたしといるという言い方だったから。そうかなとは思ったんだ」
 彼女は”院長のお嬢さん”というワードには引っ張られずに、状況で判断したようだ。

「その人が誰なのかを説明しなければいけないと言うことは、その人と目的の病院が関係あるということなのね」
「ご名答。名探偵だね、陽菜さん」
「戀くんは極力関係のないことを話さないようにしているように感じたから、話すことには意味があるのかなって思っただけよ」
 名探偵と言われ照れているのだろうか、少し頬を赤らめて。
「凄く論理的」
 ふふっと笑う彼女に惚れなおした戀。やっぱり彼女のことがとても好きだなと感じてた。

「つまり戀くんは最悪の場合、その人の協力を仰がないといけないと思っているのよね?」
「そうだね」
 確たる証拠があって問い合わせをする分には教えてもらえることもあるとは思う。しかも関係者であるなら。
 だが何も出てこなかった場合はあてずっぽうと言うことになる。そう簡単には教えて貰えないだろう。
「でも当てがあるという言う考え方もできるわ」
 ”前向きに考えましょうよ”と言われ、戀の気持ちは少し軽くなった。
「そうだね」
「さて、わたしたちも父に合流して目的の記事を探しましょう」
 戀は行こうというように手を掴まれ、腕を引く彼女に続く。まるで心配いらないと言われているように感じ、そっと微笑んだのだった。
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