3 その言葉の意味

文字数 1,648文字

「11月22日以降にお兄さんを見かけた人がいないのは事実。証拠はなくても」
 (れん)の言葉に陽菜(はるな)が頷く。
「これはドラマじゃないから、どんなに疑わしくても不可能なことを省いていく」
「まだ、誰かをつけていたという線を捨てきれないの?」
 戀の言い回しに彼女が笑っている。
「ないとも言い切れないし」
「でも、兄はしたたかに酔っていたという話でしょう? 足元もおぼつかないようだったし」
「それは……相手を欺くための演技だったかもしれないし?」
 ”ドラマの見過ぎだって!”と再び陽菜に笑われた。

「兄はどこぞの名探偵じゃないのよ? 初めから誰かをつけていたというのであればまだしも、酔ったふりをする必要はないでしょ」
「まあ、そうなんだけどさ」
 あれから通話にて例のコンビニ店員に確認を取ったが、確かに彼の前後に不審な人物はいなかったという。
「部屋の状態から考えて計画的という線は消えるよね」
「わたしもそれは賛成。何故兄がそんなに吞んでいたのかとても気になるところだけど」
 ゴミ袋は綺麗に口を締められており、洗濯物もちゃんと干されてたということから呑んだのはその後。もしくは吞みながらだったかもしれない。

「そう言えば、ここの合鍵は陽菜さんだけが持っているの?」
「たぶん」
 陽菜は曖昧な返答をする。本人ではないのだから確証はないのだろう。
 そこで少し質問を変えてみることにした。
「家族の中でここの合鍵を持っているのは陽菜さんだけ?」
「ええ、そのはずよ」
 以前陽菜は兄がシスコンということに関して否定をしたが、彼には恋人はいない。もしかして禁断の……と疑ってしまう。しかし先ほども言っていたようにドラマではない、これは現実。

 家族間において”そういうこと”が起きないのは、同じものを食べているからだという話を聞いたことがある。同じものを食べていると体臭が同じになるらしく、それによって家族間で……ということがないらしい。
 つまり日常的にバラバラの食事内容であれば”そういうこと”が起きても不思議ではないということにはなる。
 だがもう一点。人は自分から遠い遺伝子に惹かれるというものもある。そうなってくると本能と性欲的な何かは別物ということなのだろうか。

「少し、踏み込んだこと聞いていい?」
「ええ。どうぞ」
 屈託のない笑顔。”こんな可愛い妹がいたら、絶対惚れるって”と思いながらも、疑問を口にする。
「どうして合鍵を持っているのは陽菜さんだけなの?」
 何かあった時に頼るのは両親の方ではないかと思ったからだ。

 例えば両親が高齢で妹しか頼れないというのならわかるし、親が全く子供に関心がないと言う理由でも理解できる。だが彼女の父は少なくとも息子の幸せを誰よりも願っていたように思えるのだ。
 彼女の母についてはまだ話を聞いたことがないが、陽菜の話を聞かなかった彼の頬が腫れるまでひっぱたいたと言うのだから、子供たちを愛しいと思っていないわけがない。

「やだ。もしかして戀くんは変な想像してる?」
 戀の質問にキョトンとした顔をしていた陽菜は、何かに気づいたのか吹き出した。
「兄は父に大口(おおぐち)を叩いて出て行ったの。だから両親を頼るのは体裁(ていさい)が悪いのよ」
「なるほど」
 言われてみればそうだなと納得する戀。
 陽菜に想いを寄せている為か、変な想像ばかりしてしまう。
「予め言っておくけれど、確かに兄とは仲が良い方だとは思う。でも一般的な仲の良い兄妹の域を超えないわ」
 家族として頼る。頼りやすい兄妹ではあるが、互いに変な感情を持ったことはないから安心してと彼女は言う。

「安心……うん」
 可愛らしい陽菜の兄が整った顔をしてたことを思い出す。あの容姿で何も感じないとなるとハードルはかなり高そうだ。
 鈍感な戀は、何故『安心して』と念を押されたのか気づかずにいた。
 いいムードだと思いながら、微笑む彼女を見つめる。だが運命はどうやら戀の味方をしてくれないらしい。陽菜が何かを指さしている。
「うん?」
 デジャブを感じつつも戀は彼女の指先に視線を移したのだった。
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