6 彼女と戀

文字数 1,624文字

「何故、ここに?」
 彼女は叔母と話したのち、自分のところへ真っすぐに来た。
 (れん)がここの常連なことくらい彼女は知っている。つまり用があってきたと考えるのが自然。それでも一応確認すべきだと思うのは性格だろうか。
「先日、たまたまここの常連さんに会ってね。なんだか戀が困っているみたいだから力を貸してあげてくれないかと頼まれたの」
 図書館で一緒に記事を探してくれた誰かだろうか。確かに有難いが、先に一言言って欲しかったと複雑な心境になる。とても心臓に悪い。

「そうだったんだ」
 内心穏やかとは言い難かったが、戀はなんとか笑みを浮かべる。別れた男にわざわざ会いに来てくれた上に協力してくれると言うのだ、やはり彼女は悪い人ではない。むしろ良い人の部類に入るのだろう。
「内容に関しては聞いた?」
「なんだか人探しをしていると言う話は聞いたわ。それでわたしに協力して欲しいと言うのは父の勤める医院が関係しているからだとか」
「ああ、うん。そうなんだ」
 彼女の協力があれば門前払いされる可能性はぐっと減ると思われた。

「協力するにしても、詳しい話を聞かないとと思って直接ここに来たの」
「それは有難い。助かるよ」
 やはり緊張している自分がいる。注文を聞きに来た叔母に、”俺につけておいて”と告げると彼女が眉を寄せた。
「良いのに」
「いや、わざわざ出向いてくれたんだから、せめて奢らせてよ」
「戀らしいわ」
 ふふっと笑う彼女にあの頃のことを思い出しながら、再びスマホに触れる。

「実は、俺も関係者と言うわけではなく協力者の方なんだ」
「そうなの」
「事情を話してもいいか、当事者に伺っても?」
「ええ、どうぞ」
 それは長居をさせてしまうという予告でもあった。だが別段気にしている風でもなく、飲み物を運んでくれた叔母とそのまま世間話をしている。
 陽菜(はるな)にどう説明するか迷ったが彼女がここへ来た経緯をそのまま話すことにした。すると意外な返事。ここへ来るというのである。
 二人が鉢合わせするのはなんだか気まずかったが、遅かれ早かれ会うことにはなるだろう。戀はますます複雑な心境になりつつも、待っていると返答した。
 
 当事者が来るから待っていて欲しいと話すと彼女は分かったと言って笑っただけ。
「元気にしてた?」
 話は本人から聞いた方が良いと判断したのか、彼女は世間話を始める。
「うん、まあ。そこそこ」
「とか言って、相変わらず不健康な生活しているんじゃないの?」
「そんなこと、ないよ」
 強がりを言ったところで彼女にはお見通しなのだろう。それでも否定することしかできない。まるで別れる前と同じ空気。止まったままだった時間がゆっくりと動き出すのを感じていた。
 そう、昨日も今日も変わらないのだ。いつだって時間は進み続ける。今度こそ終わりに出来るだろうか。そんなことを思った。

「そう言えば、書籍化したんだってね」
 言えなかった言葉を告げれば、過去にして前に進める。そう思っていたのはいつだったか。いつの間にか陽菜と一緒にいるのが当たり前になっていた自分。
「うん」
「おめでとう。夢、叶って良かった」
「ありがとう」
 何気ない祝いの言葉。それをかけられることが奇跡なのだと知った。人との繋がりは自分だけではどうしようもなくて、相手があってのこと。
 彼女が作品に対する想いを語っていたのは随分前のことなのに、昨日のことのように思い出された。途中までしか読めなかったのは、読んだところで感想を告げる機会はもう来ないと思っていたからだ。

 どんなに好きで付き合っていても、恋愛と言うのは一方の気持ちだけではどうにもならない。それを痛いほど理解した。彼女が好きだった、確かに。
 なんでも言うことをきけば一緒にいられると思っていた。そこに自分がなくても。でもそれにはどうしても限界があって、できないことも多かった。
 終わりが見えていたのだと思う。そこに恐怖を感じている自分がいて、その恐怖から逃れることができなかったのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み