4 2年前のあの日

文字数 1,676文字

「良かった。陽菜(はるな)さん、また自由になったんだ」
 (れん)の車で例のコンビニへ向かうと、二人を交互に見たコンビニ店員はホッとした表情を浮かべていた。

 彼のシフトに合わせ夕方にしようと陽菜と話し合いをし、いったん解散した二人。再び珈琲店に集合するのでは大変だと思い、戀が彼女の家の近くまで向かうと今朝逢った彼女の父に遭遇する。
高坂(たかさか)くん、息子を頼むよ。私も信じることにしたから」
 朝とは打って変わって穏やかな笑みを浮かべる彼。生きている確証はないため、自信を持って任せてくださいと言えないのが悔しいところだ。
 帰りは家の前まで送って構わないと言われ、そちらの方はしっかりと承諾した。陽菜は自分にとっても大切な人。彼女を危険な目に合わせるわけにはいかない。

「父と随分仲が良くなったのね」
「陽菜さんのお蔭だよ」
 あの日戀に対し、陽菜の父が頭ごなしに言ってきたのは兄のことがあったからだと思っていた。しかし陽菜からよくよく話を聞くと、以前そういうことが実際にあったからだと言う。
「前の部署の話だけれど、上司がパワハラ気質の人だったの」
「なるほどね」
 その時も父が出張ってきたようだ。結局人事に掛け合い、部署を移動になったのだとか。
「今の部署ではそういうことはないの。でも父は心配してくれていたみたい。わたしが言わなかったのが悪いんだけれどね」
 ”戀くんにも迷惑かけちゃったね”と申し訳なさそうに言う陽菜。
「気にしなくていいよ。連帯責任だし」
 彼女を元気づけたくて、戀は小さく笑う。

「ところで、言わなかったことには何か理由はあるの?」
「なんとなく、言いづらかったの。父は兄が居なくなったのは自分のせいだと思っているみたいだったし」
 ”口にはしなかったけどね”と付け加えて。
 確かに直接の原因ではないかもしれないが、彼女の兄が和菓子職人の道を進んでいたなら今頃失踪していなかった可能性はある。
 そうこうしているうちに車は例のコンビニに到着した。

 戀にはどうしても確認しておきたいことがある。
 事件性が見られないということは自発的にいなくなったと考えるしかない。家族思いの彼が連絡もなしにいなくなった理由を考える。
 一つは、すぐに帰るつもりだったが、何らかの理由があって帰れなくなった。だがその場合も連絡くらいするだろうと思う。だとしたら連絡が出来ない理由はなんだろうか。それは追々調べるしかない。

 そして他の可能性を考えるにあたり、それが計画的なものなのかそれとも突発的なものなのか調べる必要があった。
 これに関しては、当てがある。
 もし11月22日にコンビニを出てそのまま姿を消したというのであれば、どんな格好をしていたのか確認すればいい。計画的ならばそれなりの準備はしていたはず。そしてその痕跡が彼の部屋の何処かに残されているはずである。

「そう。もう自由の身よ」
 まるで何処かに拘束でもされていたかのような返しに、コンビニ店員が苦笑いを浮かべた。返答に困っているのだろう。
「自由の身か……」
 戀は思わず呟く。
 もし突発的な事件に巻き込まれて陽菜の兄が警察に拘束されているとしても、家族に連絡が行くだろうし留置に関しては最短48時間、最長72時間である。拘留期間に関しては10日。延長したとして20日。起訴が決まれば3か月以上。
 だとしてもやはり、家族に知らせが行かないのはオカシイ。この推理に関しては、まったく筋が通らない。戀は陽菜の兄が逮捕されたという可能性を即座に打ち消した。

「それで、聞きたいことって?」
 店の空いている時間を狙って来店した二人は、掃除という名の名目で駐車場に出てきたコンビニ店員と立ち話をしている状況。
 早く解放してあげなければと思った戀は率直に質問する。
「あの日の姫宮さんの恰好を知りたいんだ。特に、何か荷物を持っていたりはしなかったか」
 戀の質問に彼は不思議そうな顔をした。
「姫宮さんはいつも軽装。荷物はスマホと鍵くらいだと思う。お尻のポケットからシンプルなキーホルダーが見えていたしね」
「いつも?」
 聞き返す戀に彼は数度軽く頷いたのだった。
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