3 陽菜の事情

文字数 1,695文字

「家を飛び出したのは良かったのだけれど、行く当てがなくて」
 珈琲店に着くと叔母が温かく出迎えてくれた。陽菜(はるな)がまたここに来られるようになったことをとても喜んでいるように感じる。
 サービスと言ってカウンターに腰かける陽菜の前に置かれた紅茶。
 時刻は10時前。落ち着いたところでリンゴケーキを頼み、陽菜から小学生兄弟の家に行くことになった経緯(いきさつ)を聞くことにした。
「大学の時の友人はみんな都会に出てしまったし」

 どうしようか迷って図書館に向かったところ、あの兄弟に逢ったのだと言う。彼らを迎えに来た母親に図書館に一人でいる事情を聞かれ、家を飛び出したことを話すと『とりあえず、うちにおいで』と言われたようだ。
「それで一晩泊めていただいたの」
「そうだったんだ」
 リンゴケーキを二人の前に置いた叔母は小さくため息をつく。自分の相槌がいまいちだったのかと、肩を竦める(れん)
「そういう時はここに来ていいのよ? 陽菜ちゃん」
 ”わたしたちを頼って”という叔母に礼を述べる陽菜。
 だが戀はそれに同意を示すことはできなかった。元はと言えば、自分の配慮のなさが招いた事態。陽菜に対し、申し訳なさでいっぱいだった。

「さて、戀。先ほどの話だけれど」
 叔母がこちらに(おもて)を向ける。
 陽菜の父がここを訪れ、話が中断されたことを思い出す。
「不確定を確定にだっけ?」
 戀の言葉に叔母が頷き、陽菜は何の話だと言うように首を傾げる。
「今、俺はさ。陽菜さんのお兄さんの失踪について、自発なのかそれとも外的要因なのか確定するためにいろいろと話を聞いたりしてきたのだけれど」
 叔母と陽菜に交互に視線を投げる戀。
「自発だとするなら、なんの説明もなしにいなくなったことに違和感を持つ。外的要因だとしたら、ライターとしての仕事関係かストーキング被害。もしくは恋人と何処かへ雲隠れしていると推定していたんだ」
 だが全てに関して手ごたえがないのが現状。

「今までいろんな人に話を聞いたけれど、誰もお兄さんが誰かと一緒だったところを見てない。不審人物もいない。これをそのまま受け止めていいのか迷う」
「外的要因の線は消えても、自発的には決め手がない?」
 陽菜の言葉に戀は大きく頷く。
「でも可能性を消していって、残ったものがどんなに信じがたくても真実と言うわね」
 叔母がそんな二人に意見を述べる。戀も聞いたことのある言葉だ。
「事実は小説よりも奇なりとも言うし」
 それは某詩人の有名な言葉である。

「じゃあ、自発的にいなくなった可能性があるということ?」
「それは何とも言えないけれど。誰も見ていない、一度も見ていないと言うのはオカシイと思わない?」
 陽菜の問いかけにそう返答する戀。
「お兄さんは政治家の汚職事件を調べていた。そう推定し、いろいろと調べてみたんだけれど、汚職の記事程度でお兄さんを拉致するとは考え辛い」
 そんなことをするよりは、記事をもみ消す方が早いだろうとも思う。出版社に圧力をかけるなり、金を積めばいいのだから。
 調べたところによれば、汚職事件には大手が関わっていることが多い。金の力は偉大だ。発覚後どうなるか考えずに、人は目先の利益に流されてしまうのだから。
 だが拉致や殺人となれば話は別だろう。

「自発的にいなくなったとするなら、理由はなんだろう? 嘘でもいいからなんらかの事情を説明して置かないと、いずれ捜索されるだろうことは想像に難くないはず」
「そうね。確かにわたしもそうだと思う」
 家族思いの陽菜の兄が家族に心配をかけるとは思い難い。
 彼女の父の話を聞いて余計にそう思う。
「いなくなった時のお兄さんの状況って、分かったりする?」
 最後に彼を見かけたのは2年前の11月22日。21時過ぎだと言うことは分かっている。
「状況?」
 そこで戀は聞く相手が間違っていることに気づく。
 翌日失踪したとも考えられるが、コンビニを出てそのままいなくなったとしたなら。彼がどんな格好をしていたのか知る相手は陽菜ではないはず。
「もう一度、コンビニの店員さんに話を聞くべきだと思う」
 戀の言葉に叔母がホッとした表情をする。それに対し、陽菜は曖昧に頷いたのだった。
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