第13話 な恋ひそ吾妹
文字数 1,335文字
〈十三〉な恋 ひそ吾妹
どれくらい時間がたっただろうか。
なにやら誰かの話し声が聞こえる。その声は段々大きくなってくる。
やがてミノルはそれが教官の講義の声だと解った。そして、自分が授業中に寝ていたことを思い出した。
まぁいいや、ノートは四郎がとってくれている。このままでいられるならもう少しこのままでいよう、ミノルはウトウトしながらそう思った。授業はミノルの居眠りなどお構いなしに流れている。
「え~このように司馬僚太郎は阪の上の雲において明治という時代を軍人と文人の視点から肯定的に描くことで、その対比として昭和の戦争を批判的にとらえ・・・」
「は?阪の上の雲だって!」
ミノルは驚 いて飛び起きる。正面の黒板にはチョークで大きく「司馬僚太郎」と書かれ、その横に著作が箇条 書きにされていた。
慌 てて横をみると、あの懐 かしい亜矢子の顔がこちらを向いた。
「あ、起きた?バイト続きで眠そうだったからそのままにしておいたんだけど」
「え、亜矢子なんで生きてんの?」
ミノルはうわずった声を上げた。
「は?勝手に殺さないでよ。・・ねぼけてんの?」
「え?あーいやいや、えーと・・・」
ミノルは周りを見渡した。なんだか教室がやたら綺麗 で明るい。
「大丈夫?今日は、私の大学の授業受けに来たんでしょ、もう!」
ああ、そうだった。
俺は京安大学の学生でミノル、こいつはこの同智社大学の学生で亜矢子。俺は彼女と相談して大学間単位互換 制度の使えるこの国文学の授業を受けに来たのだ。
「ふはぁ~よかったぁ~。ん~」
ミノルはあくびをしながら両手を上に突きあげ、長い伸びをした。
「もう、へんなやつ」
亜矢子は唇 を尖 らせて呟 き黒板の方に向き直った。
今日は白いリボンで髪をポニーテール状に結んでいる。あどけなさの残る頬、涼しく清澄 な瞳は変わってない。
ミノルは、その美しい横顔を眺めながら、ふと思った。
「そういや、亜矢子、英文学専攻だろ。なんで国文学やろうと思ったんだ?」
「なんでって、ミノルから古事記のうんちくを聞いて興味持ったんじゃない」
彼女はもう一度ミノルの方を向いて長いまつ毛をしばたかせた。
「いや俺古事記は知ってるけど、語ったりはしてないぞ。右寄りに思われてもやだし」
「そうだっけ。そういえばそんな気もするわね」
亜矢子は考えるように視線を落とす。
「ミノルの方こそなんでうちの文学の授業受けたいなんて言い出したの?」
「それは亜矢子が絵本作家になりたいって言うから、文学も勉強しておこうと・・」
「えー!わたし絵本作家になりたいなんて、恥ずかしくてまだ誰にも言ってないよ!」
「そうだったっけ。どこで聞いたんだろ」
ミノルは首を傾 げた。
「こっちが聞きたいわよ、もう!」
「ちょっとそこ!静かにしなさい!」
ついに教官の雷が落ちる。
「すいません」
ふたりは同時に肩 をすくめた。
ミノルは亜矢子を見た。それにつられて彼女もミノルを見つめる。亜矢子の眼差 しは、今までのどの時よりも生き生きとしていた。
ミノルは彼女の白い手をとった。その手はふんわりとして暖かかった。胸中に込み上げてくるものがある。
「ちょっとぉ・・」
亜矢子は恥 ずかしそうに視線を外し再び黒板の方へ向き直った。
しかし、ミノルのその手を、振 りほどくことはなかった。
《終》
どれくらい時間がたっただろうか。
なにやら誰かの話し声が聞こえる。その声は段々大きくなってくる。
やがてミノルはそれが教官の講義の声だと解った。そして、自分が授業中に寝ていたことを思い出した。
まぁいいや、ノートは四郎がとってくれている。このままでいられるならもう少しこのままでいよう、ミノルはウトウトしながらそう思った。授業はミノルの居眠りなどお構いなしに流れている。
「え~このように司馬僚太郎は阪の上の雲において明治という時代を軍人と文人の視点から肯定的に描くことで、その対比として昭和の戦争を批判的にとらえ・・・」
「は?阪の上の雲だって!」
ミノルは
「あ、起きた?バイト続きで眠そうだったからそのままにしておいたんだけど」
「え、亜矢子なんで生きてんの?」
ミノルはうわずった声を上げた。
「は?勝手に殺さないでよ。・・ねぼけてんの?」
「え?あーいやいや、えーと・・・」
ミノルは周りを見渡した。なんだか教室がやたら
「大丈夫?今日は、私の大学の授業受けに来たんでしょ、もう!」
ああ、そうだった。
俺は京安大学の学生でミノル、こいつはこの同智社大学の学生で亜矢子。俺は彼女と相談して大学間単位
「ふはぁ~よかったぁ~。ん~」
ミノルはあくびをしながら両手を上に突きあげ、長い伸びをした。
「もう、へんなやつ」
亜矢子は
今日は白いリボンで髪をポニーテール状に結んでいる。あどけなさの残る頬、涼しく
ミノルは、その美しい横顔を眺めながら、ふと思った。
「そういや、亜矢子、英文学専攻だろ。なんで国文学やろうと思ったんだ?」
「なんでって、ミノルから古事記のうんちくを聞いて興味持ったんじゃない」
彼女はもう一度ミノルの方を向いて長いまつ毛をしばたかせた。
「いや俺古事記は知ってるけど、語ったりはしてないぞ。右寄りに思われてもやだし」
「そうだっけ。そういえばそんな気もするわね」
亜矢子は考えるように視線を落とす。
「ミノルの方こそなんでうちの文学の授業受けたいなんて言い出したの?」
「それは亜矢子が絵本作家になりたいって言うから、文学も勉強しておこうと・・」
「えー!わたし絵本作家になりたいなんて、恥ずかしくてまだ誰にも言ってないよ!」
「そうだったっけ。どこで聞いたんだろ」
ミノルは首を
「こっちが聞きたいわよ、もう!」
「ちょっとそこ!静かにしなさい!」
ついに教官の雷が落ちる。
「すいません」
ふたりは同時に
ミノルは亜矢子を見た。それにつられて彼女もミノルを見つめる。亜矢子の
ミノルは彼女の白い手をとった。その手はふんわりとして暖かかった。胸中に込み上げてくるものがある。
「ちょっとぉ・・」
亜矢子は
しかし、ミノルのその手を、
《終》