第10話 暗黒面

文字数 649文字

〈十〉暗黒面(あんこくめん)

「ったく、あいつどうするつもりだ・・」
四郎は一人呟きながら新聞を広げた。彼は大学図書館で各社の新聞を読むのが毎日の日課だった。

 その日一面の記事に目がとまった。
 大陸に(わた)った入植者(にゅうしょくしゃ)襲撃(しゅうげき)され殺された、という内容だった。

 この国では(まず)しさから(だっ)するため大陸に渡って活路を見出そうとする人々が少なからずいた。こういった人々四百人が住む地区にその十倍の現地武装勢力が(おそ)いかかったのだった。この時入植者を守る軍兵は主力が出払っていたため百人程度しか残っていなかった。多勢(たぜい)無勢(ぶぜい)でまたたく間に軍は壊滅(かいめつ)、後に残された武器を持たぬ無抵抗(むていこう)の入植者の運命は決まっていた。

 突然、四郎は(こぶし)を上げ、思い切り目の前の机に振り下ろした。その大きな音に、周りの学生が一斉に振り返った。

 犠牲者名簿(ぎせいしゃめいぼ)の中には、彼の幼馴染(おさななじみ)の名があった。常に四郎の心の中の一部を占めていた人だった。身元不明を合わせると犠牲者は二百人に達し、いずれの遺体(いたい)にも残忍(ざんにん)な行為の痕跡(こんせき)が見られる、と報じていた。彼の(つか)む新聞は、その手とともに小刻みに震えた。今まで経験したことのない、(すさ)まじい怒りと憎悪(ぞうお)の感情が四郎の中を渦巻(うずま)く。

(むく)いを受けさせてやる」
四郎は深黒(しんこく)(やみ)が自分の心を覆っていくのを感じた。

 闇の中で、子供の姿をした自分が何かを必死に叫んでいる。しかし、一体何を言っているのか声は全く届かない。やがて漆黒(しっこく)濁流(だくりゅう)が子供の自分に押し寄せる。四郎は(おぼ)れそうになりながら必死にもがき続けた。しかしやがて力尽き、ついに暗い泥濘(でいねい)の中に()み込まれていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ミノル

京安帝国大学医学部(細菌学専攻)の学生

亜矢子(アヤコ)

同智社大学文学部(英文学専攻)の女学生

四郎

京安帝国大学医学部(細菌学専攻)の学生


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み