第11話 暴かれた真実

文字数 1,443文字

 教会でジュリアン神父の手伝いをしながら平和で穏やかな暮らしを送るジェシカ。数ヶ月が経過し新しい生活に慣れるにしたがい言葉も徐々に出るようになり、怒りや悲しみ以外の感情表現もだいぶできるようになってきた。ジェシカの精神の回復はメリーアン警部補をはじめ、事情を知る周りの人間を喜ばせた。

 だがジェシカの表情は暗いまま。母親の死、ただしジェシカには「病死」と伝えてある、を頑なに認めようとせず、優しいママがきっと迎えに来るのだといまだに信じて待っている。決して叶えられることのない望みに、日々生活を共にしているジュリアン神父の胸は痛んだ。しかし閉じられた少女の心は、誰にもどうすることもできないのであった。

 ところがある晩のこと。いつものように教会内を掃除していたジェシカは、椅子の下に新聞が落ちているのに気づいた。拾ってみるとこの地域のローカル新聞で、なにげなくパラパラ見ていたジェシカの目は、とあるコラムに吸い寄せられた。「少女誘拐監禁・許されざる罪」と題されたその記事には、フェイクが入ってはいたが、どうみても自分のことが書かれていた。さらに記事に添えられた写真のひとつが、ジェシカの目をひいた。キャプションには「少女の母親、ドラッグの過剰摂取で3年前に死亡」とある。

 それを見た瞬間、見覚えのあるその顔にオーバーラップするように、ジェシカの脳裏に悪魔のごとく邪悪で引きつった女の顔が浮かんだ。それはいつか「ママ」のことを考えたときに浮かんだイメージとまったく同じものであった。ジェシカは雷にでも打たれたかのようなショックを受け、新聞を握りしめたままその場に立ち尽くした。

 ……ママ? ママ! そうだ、これが私の本当のママ。お酒を飲んだりなにかの注射を打ったりしながら、悪魔のような恐ろしい形相で私のことを殴ったり蹴ったりしていた女。知らない男の人がくるときは、私は住んでいたアパートのじめじめとして薄暗い共同廊下に追い出された。しばらく帰ってくるなって、仕事の邪魔だって。お前なんか産むんじゃなかった、目障りだって毎日のように言われていたあの頃。そう、笑顔を向けてくれる優しいママなんて、私には最初からいなかったんだ。だからいくら待ったところで誰も迎えになんてこない。そもそも私を愛して慰めてくれる人なんて、この世のどこにもいないんだわ。
 
 ジェシカは教会の椅子に力なく腰をおろすと、放心したようになって前方にある聖母マリア様の像を見るとはなしに眺めた。すると監禁されていたときベッドの上で男が興奮ぎみに「きみはまるで聖母マリア様のようだ、なんて美しいんだ」と言っていたのを思い出した。と同時に、あのめくるめく官能、神々しいまでの光の渦がジェシカの脳裏にフラッシュバックしてきた。

 孤独なジェシカにとって「私の優しいママ」の存在こそが希望の光であり最後のよすがであった。それすらも断たれた今、ジェシカに光をもたらすものといえば、視覚を奪われたままあのベッドの上で繰り返された

すなわち「官能」しか残されていない。暗闇での日々をひとり乗り切れたのも、強烈に神経を昂らせ恍惚となれるあの時間があったから。自我を保ちつらい現実を忘れるため、ジェシカはいつのまにか男とのセックスに完全に依存していたのだった。それはある意味、彼女の母親がアルコールと薬物にすっかり依存していたのに酷似していた。

 すべてを悟り理解したジェシカは椅子からふらふらと立ちあがり、ジュリアン神父の部屋へと向かった。
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