第1話 囚われる

文字数 1,699文字

 レンガのような壁に囲まれた地下室には一切窓がなく、明かりが入る余地はまったくない。食事は扉に設けられた郵便受けのような四角い穴から、一定の間隔で差し入れられる。その小さな扉がひらく瞬間の、外から差し込む薄い光だけが、私が見ることのできる光のすべてだった。

 それでもずっとここで過ごしているのですっかり目が慣れてしまい、私には部屋の大まかな様子は見えていた。部屋の広さは、対角線上に歩いてちょうど7歩。壁際には固いベッドがあり、部屋の隅には小さな手洗い用のシンクと便器がある。シンクは小さな物だったが洗面器とタオルもあるので、濡れタオルにして身体を拭いたりと、一応の清潔を保つことはできた。要するにここは、テレビなどで見る刑務所の独房と同じような作りになっているようだ。

 私がここに入れられたのは、12歳の時だった。スクールバスを降りて家に向かう途中で、痩せっぽちだった私は猫の子のように、後ろから誰かにひょいと抱きかかえられ何かをかがされると意識が遠のき、気が付いたらこの家にいたというわけだ。
 それからどれぐらいの時間がたったのだろう。光のまったくない闇の世界に暮らしている私には、今日の日付どころか昼夜の区別すらまったく付かなくなっていた。

 基本的にはこの真っ暗闇の中でいつも一人で過ごしているのだが、時おり誰か、大柄ではあったがそれは女性のようだった、が懐中電灯とピストル、と女は言っていた、を持って下りて来て、私に壁に両手をつくよう命令するとゴムでできたマスクのようなものを頭からアゴ先まですっぽりかぶせ、両手を手錠か何かで後ろに固定し、私の腕をつかんで支えながら階段を登らせて、別の場所へと連れていく。
 厚いマスクは鼻の部分をのぞいて顔にぴったりと張り付き目も覆われてしまうため、まわりを見ることは不可能だ。鼻から呼吸はできるが、口も塞がれており、くぐもった声しか出せない。

 連れてこられた先では、手錠だけ外され私はまずベッドらしきところに寝かされる。ふかふかと沈み込むようなやわらかいマットレスの感触が懐かしく気持ちいい。だがまどろんでいる暇もなく、私の上にはすぐに、先ほどの女性とは違う、男のものと思われる荒々しい息づかいと重みがのしかかってくる。顔のマスクのみ残して、私の衣服はすべてはぎ取られる。

 はじめて身体を蹂躙されもみくちゃにされた時は、殺されるのかと恐ろしく、身体じゅうが痛くて痛くて、内側からメリメリと裂けていくような感覚に襲われ私はもう死ぬのだ、という絶望感に打ちひしがれた。しかし男の欲求が満たされると泣きじゃくる私を男は急にやさしく抱きしめ、

「かわいい子だね、痛かったの? ごめんね、ごめんね。今度からはもっと優しくしてあげるからね、ごめんね」

 男はそう言いながら、さっきまでの荒々しさとはうって変わって、私を胸に引き寄せると震える身体を優しく包み込むように抱きしめた。よかった、殺されてない。私は大丈夫だった。男の胸の広さと温かさに、私は混乱しながらも身を委ね、まだ生きているという事実にとにかく安堵したのだった。

 やがて男がベッドを降りてどこかへ行ってしまうのと入れ違いに、私をこの部屋に連れて来た女らしき人がまたやって来て、石鹸のような良い匂いがする湿った布で私の全身をくまなく拭いていった。女の人は一言もしゃべらない。それでもとてもていねいに、まるで人の形をした繊細な彫刻かなにかを磨きあげるかのように、私の身体のすみずみまで、時間をかけてきれいに拭いてくれた。そしてぱりっとして清潔な衣服、それはいつも足首まであるような丈の長いワンピースだった、を着せるとまた後ろ手に手錠をかけ、地下の部屋へと歩かされた。

 部屋に戻るとマスクと手錠は外された、しかし女の顔には目の部分をのぞき長いベールがかかっており、暗闇に慣れた私の目でも顔はやはり見えなかった。女の手には来た時と同じくピストルのような物が握られ、私はまた壁に両手をついて立っているよう指示された。そして女が部屋を出ると扉は固そうなロックの音と共に閉ざされ、私は暗闇の中、ひとり取り残されるのだった。

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