第14話 ジェシカの明日

文字数 1,293文字

 だが翌朝、ジェシカの姿は身の回り品を入れたであろうカバンとともに消えていた。メリーアン警部補をはじめ周りの人々はずいぶん心配して探したが、どうやらジェシカは長距離バスに乗り都会へと発ったらしいことが、早朝彼女を見かけたという人の話から判明した。みな驚いたが、だからといってどうする事もできない。ジェシカはもうすぐ18歳、これからは本人の意思を尊重するべきで、親族でもない人間は彼女の無事をそっと祈るよりほかないのだから。



 長距離バスに揺られながらジェシカは、きらびやかな都会での暮らしに想いを馳せていた。自分がもつ女としての魅力、若さとうつくしさをじゅうぶんに自覚しているジェシカには、なんの不安もない。

 わたしの官能を満たし、かしずく男たちは都会にいくらでもいることだろう。そんな男たちを絡めとり養分を吸いあげふくれあがり、さながら毒グモの女王のようになって、男たちのうえに君臨してやるわ。5年間の暗闇の中で研ぎ澄まされ鋭敏になった感覚をフルに活かして、わたしはきっとのし上がってみせる。それこそがあの悪魔のような母親やわたしを監禁した女、そして身体を弄んだ男に対する、ひいては世の中すべてに対する復讐になるのだから。

 ジェシカはそんなことを想いながらうっすらと微笑んだ。その表情は凄いほどうつくしく、見たものすべてを虜にするであろうことは明白だった。

 なにもわからず震えているだけだったジェシカも今では、自分の身に起こったこと、周囲の状況、変えられない生い立ちや過去をよく理解していた。
 だれよりも親身になって心配してくれたメリーアン警部補に、なにも告げずに去ったことにやや良心の呵責を感じてはいたが、ジュリアン神父に対しては驚くほど感情が動かなかった。
 もちろん自分を受け入れよくしてくれた彼に感謝はしていたが、ジュリアン神父もまた男として自分の官能を満たすだけの

、ジョンとの時と違いマスクもなくしっかりと顔は見えているのだがそれでも、ただそれだけとしか思えなかったのだ。

 結局のところジェシカは、数々の不幸により世の中を深く恨むようになってしまった。ジュリアン神父が熱心に説いていた神の教えもジェシカの心には残念ながら届かず、その魂は復讐心によって紅蓮の炎のなか燃えさかる。

 12歳から17歳という人格を形成するうえでもっとも重要な時期に、外界との接触を断たれ暗闇に閉ざされ、ゆがんだ性愛だけ与えられてきたジェシカ。
 そもそも本来ならば、幼少のころに親からぞんぶんに受け取るはずだった愛情をまったく得られぬまま成長した彼女には、

がわからなくなっていても無理はない。
 しかしジェシカはまだ若い娘である。これからの人生において、ほんとうの愛に触れる機会はきっとくるはずである。少なくとも今は、そう思いたいではないか。

 ジェシカの背後に見えかくれしているのは、天使の羽根かそれとも悪魔の翼か。

 天使のように純真なうつくしさと悪魔のように貪欲な冷酷さ、そのどちらをも兼ねそなえたジェシカ。
 しかしそれこそが実は、すべての女の本質だといえるのかもしれない。

(了)
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