第13話 神父の苦悩

文字数 1,363文字

 その頃からジェシカは、憑きものが落ちたかのように明るくなり社交的になった。暗い表情から一転してニッコリと微笑んでいるときの彼女は、生来のうつくしさがより強調されまるで大輪のバラが花ひらいたかのよう。
 栗色の長い髪は風にそよぎ光をうけ輝きを放つ。長いあいだ日に当たらず過ごしてきたその肌は純白で、金色のやわらかいうぶ毛にうっすらとおおわれている。暗闇の生活で視力が落ちてしまったジェシカだが、そのせいで人をじっと見つめるクセがつき、その訴えかけるような眼差しがかえって彼女の魅力を引きたてていた。
 周りの人々は、男たちはとくに、ジェシカの変貌ぶりに驚きよろこび、その匂いたつように艶やかな魅力を称賛するようになった。夫や恋人がジェシカをぼうっと見つめているのに気づくと、女たちは男の手の甲をつねり嫉妬した。



「ジュリアン神父、最近顔色わるいんじゃない? お身体は大丈夫なのかしら」
 
 対照的に、ジュリアン神父は日に日に弱っていくように見えた。戒律に反し、毎夜部屋にやってくるジェシカの求めを退けることがどうしても、できない。もちろん、か弱い少女であるジェシカが力づくのはずはない。ただヘーゼルカラーのうるんだ瞳にじっと見つめられるとまるで、ヘビに睨まれたカエルのごとくその場に立ちつくしてしまう。いかに気を強くもち十字架を握りしめていようとも、固い決心はたちまちゆらぎ崩れおち、ジェシカの腕のなかに力なく巻かれていくのが常だった。

 おお、神よ、神よ! あなたの罪深きしもべをどうぞお救いください! ジェシカの魂をどうか穢れなきものにしてやってください! そして私のすっかり汚れた魂、この不様でみじめな私は、いったいどうしたらいいのです? 私にはもう抗うすべがありません。憎むべきは私の弱さ、きっと信仰が足りないのだ。ああ、神はさぞかし落胆しているに違いない。私にはもう神の教えを説く権利などない。私と神との聖なるつながりは、もはや永遠に絶たれてしまったのだ!

 罪の意識に苛まれたジュリアン神父はやがて食事もあまり喉を通らなくなり、睡眠もほとんどとれなくなっていった。神への祈りを繰り返しながらも、ますます苦悩の淵に沈んでいくジュリアン神父。人々はやつれ憔悴していく神父を心配しつつも理由がわからず、それはジェシカとまさかそんな事になっていようとは夢にも思わなかったので、食事の差し入れなどをしながら様子をみる事ぐらいしかできないでいた。
 
 そんなある日のこと。ジュリアン神父の身についに最悪なことが起きてしまう。
「神のみもとに行きます」とだけ書かれたメモを残し、部屋で首をつり亡くなっているところを発見されたのだ。

 第一発見者は同居しているジェシカであった。早朝に知らせを受けたメリーアン警部補はすぐさまかけつけ、若い神父の痛ましい死を悲しむとともにジェシカの精神状態を案じた。しかしジェシカは気丈にふるまい、涙ひとつ見せずにみなの前に出てきた。
 急なことに葬儀の段取りなどがあわただしく手配され、一日はバタバタとあっという間に過ぎていった。
 メリーアン警部補も諸事忙しくあまりジェシカに構っていられず、泊まりにこないか誘ったがジェシカが「大丈夫です」というので、その日はとりあえず退きまた明日来るつもりで神父の家を後にした。
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