静寂、更なる闇へ・・・。

文字数 1,042文字

 闇の静寂・・・。

 己の生きるべき道を見失ったのであろう僕は、深く迷い込んだ暗闇の中を彷徨いながら、どこかで拾ったらしい木の枝を杖にし、遠い昔、岩手のお土産物屋さんで手に入れた宝物、鋳物らしき小さな鈴をそれに付け、闇の静寂を恐る恐る手探りのような状態で歩き続けている・・・。
 が、何も見えない闇の中なのに、僕の心は確とした何かを目当てにしているようにも思えた。

 その澄み切った鈴の音が、闇の静寂に吸い込まれ、静けさの弥増した短い刻の隙間に染み込み奥深く誘われてゆくとき、「嗚呼、僕はここへ来るために、老残の身の醜さを晒しながら今日まで歩き続けてきたのだ」と気づかされ、何も見えぬその闇の静寂の中に杖を支えに立ち尽くし、穏やかに心を落ち着ける・・・。

 突然の病、秋の終わる頃に体調不良に見舞われ、そして、少し重たいなぁと自分の身体を気遣いながら仕事を熟していたが、やにわに襲ってきた呼吸困難。その酷さに、これは死ぬかもなぁと、救急車に乗せられ酸素吸入を受けながら病院へ向かう途中、僕は、己の終焉を意識したのであったが、幸いなことに、入院安静、病院の処置で命を取り留めてしまった。
 そう簡単には死ねないと思うのは人の常なのかもしれないが、僕は、来るべきものはいつであろうとも受け入れるのだという信念みたいなものを抱いている。だから、死にたいとは思わないが、それが当然の帰結であるならば、抗うこともあるまいとは思っている。
 病院のベッドの上で、静かに己を思い、記憶のある限りの自分を、もう一度その闇の中で弄ってみた。
 あの幼き日、今はもう変わり果て、望郷という言葉さえ拒絶し帰ることさえ望まなくなったあの故郷、そして、青春の蹉跌、老い、そのどれを見つめなおしてみても、もう何も運命みたいなものに逆らう必然性も必要もないのだと思えた……。
 暗い闇の静寂に佇む僕は、その闇の暗さに怯えることもなく、杖の鈴を聞きながら、少し弱弱しくはあるが、約束された地獄への道の確実な一歩を彷徨い歩き、更なる奈落の闇に向かおうとしている……。
 それは己に正しく向かい合うことの必然であり、望むところでもあるのだろう。
 その奈落の淵に辿り着いた時、もうこの闇の静寂から抜け出そうと藻掻き続ける必要はないのだと安堵はしても、更なる闇の静寂の故しれぬ何かに誘われゆく僕は、杖に吊るした鈴の音を心地よく聞きながら、ぼんやり、ゆっくりとではあるが、その歩みを止めようとはしない……。

   *24年二月二日夜、只今推敲中。
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