独りボッチの海辺にて「潮騒の誘い」

文字数 944文字

 独りボッチの海辺にて
      「潮騒の誘い」

 真夜中に起き出しハンドルを握る。
 まだ明けやらぬ浜辺に辿り着き、緩やかに打ち寄せる潮騒を聴きながら、釣りの支度を終えると、「フーツ」と大きく息を吐き、キャンプ用のリクライニングチェアーにどっかりと、少し疲れた身体を沈める。
 まだ暗い空に星が瞬き、夜明けに近い東の水平線からの仄かな明るさが四囲を包み込み始め、静かである……。
 ごそごそと、傍らに置いた荷物の中から、女房に拵えてもらった握り飯を取り出し、まだ温かみの残るサーモスのお茶を飲みながら朝飯と洒落込む。
 外側は少し硬くなったが、独特の柔らかさを醸し始めた塩にぎりが、なんとは無しの優しさを感じさせながら口の中に解けてゆく。
「ありがとう」と、声にはならぬ言葉を呟きながら、お茶で喉の奥に流し込むと、ぼんやりと、明け始めた海峡の向こうの佐渡ヶ島を眺めやる。
 暗い海峡の水平線に、一段の暗さを湛えた佐渡の島影が、何もかもを分かったように、デンとそこに在る。
 異世界の住人であろう僕を、何の差別もせず包み込んでくれる、時の流れの止まったようなこの風景が、僕は大好きなのである。
 たった今まで、何かを釣らんと、姑息に構えていた僕の心を、異次元の空間の中へ誘い逝く。
 そう、魚釣りに来たという僕の心を、魚なんて釣れても釣れなくても好いや、という感覚の中へ誘い込んでゆくのである。
 それを確と感じながら身を任せ誘い込まれてゆく時、僕は、小さな罪悪感みたいなものを覚え、竿先に現れる魚信を、尚ひたすらに待っているのである。
 そう、魚釣りは罪悪との闘いなのである。
 それに、あの可愛い魚たちを鋭利な針先に付けた餌で誘い、釣りあげて食らう。
「あ~あ、釣りに来て、いまさら何を考えているのだ」と、自分を嘲笑いながら、潮騒の奏でる小曲に耳を傾け酔いしれるとき、何の脈絡もなく、「このまま死ねたらなぁ」というあの思いが心を過る。
 リクライニングを思いっきり倒し、明けてきた空を見上げ、「ふふふ」と、また自分を嘲笑う。
 いや別に、死にたいと思っているわけではない、ただ茫と、ただなんとなく、そういう思いの虜に包まれてゆくこの瞬間を楽しんでいるだけなのである……。

     2023、03,26 只今推敲中
 
 
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