第2話 主人公、ポリコレ棒で意識高い系を粉砕!!

文字数 2,240文字

 ターリーがまくし立てた内容は、済の地雷を完全に踏み抜いた。

 実は済の父親は労働組合の委員長を勤めており、子供の頃から労働者の尊さを叩き込まれて育ったのだ。とはいえ親子で政治スタンスが逆転することはよくあることで、中学高校では反動のためかネット右翼の世界に身を投じることになる。しかし血は争えないのだろう、大学時代にはヘイト化を進めるネット右翼に嫌気が指してリベラルに転向、向かう先を失った熱情をどうにかしようと参加したのが政治活動だった。あからさまに労働者を馬鹿にするターリーは、済の神経を逆撫でした。

 さらに、2000年代前半頃の、まだアングラ臭が強かったインターネットで新興宗教や暴力団、ドラッグや悪徳商法などの危ないネタに親しみ、これこそがインターネットの醍醐味であると感じて育った済にとっては、後からネットにずかずかと入り込み、「俺たちがこそが『正しい』、地べたを這うような旧世代はクズ」とばかりに自己啓発的選民思想を撒き散らすキソコソ西田のような一派は、庭を荒らす害虫のようなものだった。また、ターリーの話からして「勉強している」と言っている本は一日もあれば読めそうな簡単ビジネス本の類であると推測され、数式の出てくる技術書や、思想・哲学用語の出てくる評論を主に読む済からすれば、勉強のうちに入るのか疑問だった。要するにこの時済は、ターリーを敵認定したのだった。

 「へえー、ターリーさんも勉強されてるんですか。どんな勉強されてるんですか?ちなみに僕はエンジニアとしてキャリアアップするために最新技術やマネジメント論、さらに趣味も兼ねて人間を知るということで社会思想書を読んでます。」
 「僕は経営者の方が書いたビジネス本を中心に勉強していますよ。」
 「その本には数式は出てきますか?線形代数は?微分積分は?あるいは哲学用語や社会思想用語は出てくるんですか?ターリーさんがどんな学問をやってきたか知りませんが、僕は理系の国立大学院で修士を取りました。従って真に信用できるのは科学的手続きによって再現性が得られたものか、然るべき学会で多くの人に揉まれた思想だけだと思っています。そういう本は読んでますか?」
 「そういう難しい話は正直よく分からないんですよ。ただ、多くの人に求められる目標があれば、自然と仲間は集まるし、難しい勉強はできなくてもコミュニケーションがちゃんとできれば問題ないと思ってます。普通の人だったらどうにかなると思うんですよ。発達障害の人とかは違いますけど。」

 ターリーはここでさらに済の地雷を踏み抜くことになった。何故なら済は最近発達障害の一つ、ADHDであることが分かり、その日も家で薬を飲んでから秋葉原に向かっていたのだ。

 「へえ、物理法則もまともに考えようとせずによくもまあ空を飛ぶだの、宇宙に行くだの言ったもんですね。そりゃあ科学者だけではプロジェクトは成功しませんが、マネージャーはマネージャーで高度なマネジメントスキルが必要とされるんです。あなたのように何となく人を集めて勝手に動いてもらえればいいとだけ考えてるのはただのフリーライダーですね。それに今『発達障害の人は別』とか言いましたね?実は僕最近発達障害の診断受けてて、今日も薬飲んでるんですよ。そんな発言をよくもまあ、ひょっとしてあなた差別主義者ですか?いや、さっきの労働者を馬鹿にしたような発言といい差別主義者に違いない。実は僕、父親が労働組合の委員長な上に学生時代は政治活動やってましてね、こういうのには人一倍敏感なんですわ。どうなんですか?差別主義者さん。あなたが主催してるオタク飲み会の皆に『主催が差別主義者でこの前嫌がらせされました。』って言いふらしましょうか。ちゃんと受け取ってくれる人は嫌がるでしょうし、そうでない人もこんな人権ゴロみたいな奴がいる飲み会は嫌だなと思うでしょうねえ。どうなんですか?あなた謝りなさいよ。」

 話しているうちに思ったよりヒートアップしてしまった、これじゃ本当に人権ゴロだなと若干反省した済だったが、ターリーからは

 「そういう話はよく分からなくて、すみません。」

 と謝罪の言葉を受け取り、一旦は落ち着いた。その日は

 「いやーすみません熱くなっちゃって。まあターリーさんも僕みたいに、一度中核派と政治論争でもすれば視野が広がるんじゃないですかねえ。すみませんね。いっけない、こんなことしてたらまた公安に狙われちゃうよ。」
 ※中核派:新左翼・極左暴力集団の一つ。60年代に結成され、殺人やテロも辞さない過激な闘争で知られる。現在も活動中。

 と完全に相手を引かせる形で場を収め、悠々と中野の自宅に帰ったのだった。

 中野ブロードウェイを抜けて三分ほど歩き自宅に戻る。満足いく形ではなかったものの、謝罪を引き出したことで若干すっきりした済は、シャワーを浴び、冷蔵庫のビールを取り出した。寝る前に読み進めたい宗教関係の本があるが、その前にSNSのチェックである。古のインターネット民である済は、パソコンでネットを見ると妙に落ち着くのだった。

 「あいつらマジで失礼だったなー、本当は土下座させたかったけど謝ってくれたからまあいいや。それよりTwitterとFacebookの状況はと。」

 軽口を叩きながらFacebookをチェックすると、またしても済の神経を逆撫でするコメントが目に入ったのだった。
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登場人物紹介

青山済 東西大学出身、大日本データ勤務のSE。マルチ商法信者にFacebookで絡まれるが、黎明期のインターネットで培った特定スキルと祭りスキルで相手を再起不能にする。ところが、それをきっかけに現在進行系で危険な団体と絡んでいることを知ることになる。

吉井大介 東西大学出身、帝国化学勤務の研究者。済とは学生時代の同期であると共に、インターネット黎明期に特定祭りに参加していた「特定班」だった。マルチ商法女再起不能作戦に協力したり、危ない団体にスパイとして潜り込んだりと、様々な面でサポートしてくれる存在。大阪で二人の同期、山崎が新興宗教にハマっていることを知るが...。元ラグビー部の動けるぽっちゃり。


杉永陽子 東西大学出身、毎朝テレビの記者。済とは学生時代、一緒に政治活動をやっていた仲。両親共に共産党員で、子供の頃からデモに行っていたバリバリの左翼サラブレッド。済のマルチもどき団体吊し上げ会に参加するが、これをきっかけに妹が怪しい自己啓発セミナーにハマっているのではないかと疑う。

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