第46話 済、科学の道に潜入

文字数 1,793文字

 「肥後さん、この間は情報頂きありがとうございました、青山です。諸般の事情で『科学の道』に潜入することになったのですが、最近ってどこで活動してますか?実は最近こんなことがありまして……。」

 済は肥後にメッセージを送り、これまで吉井、杉永と調べてきたサークル及びMASKについて話した。

 「なるほどそれは興味深い。マルチ商法、自己啓発セミナー、カルト教団の三位一体説ですか。調査応援しますよ。科学の道の本部は高田馬場というか、下落合にありましてね。高田馬場駅からさかえ通りに入って、神田川を渡ったところです。僕も一回しか行ったことないんですけどね。何で知ってるかというと、別の用事であのあたりに行った時にたまたま見かけたんです。実は科学の道本部の隣のビル、元『世界文明共同体党』の本部が入ってたんですよ。ほら、昔『地獄の火の中に投げ込むものである!』とか『腹を切って死ぬべきである!』とか言いながら選挙に出てたお爺さんがいたでしょう。」
 「あーあの、正吉イエスですか!?」
 「それですそれ!数年前に亡くなっちゃいましたけどね。僕、あの人の勉強会に通ってたんですけど、普段は優しいお爺ちゃんだったから結構ファン多かったんですけどね。いやー、惜しい人を亡くしました。あ、ちなみに亡くなったから言うわけでもないんですけど、ここだけの話、正吉イエスの資金源は米軍だったらしいです。沖縄に土地持ってて、そこが米軍の基地になってるとか。」

 「正吉イエス」というのはいわゆる泡沫候補で、真っ黄色の背景に細かい字がびっしり書かれた選挙ポスター、過激な発言をしまくる政見放送や演説で妙な人気がある人物だった。泡沫候補としては建設業社長の「徳川政二家康」や貿易会社社長の「モス麻布十番」と並ぶ知名度があったと思う。残念ながら一度も当選したことがないが……。正しい読み方は「マサヨシ」なのだが、ネット民からは「マサキチ」と呼ばれ親しまれていた。経営者である他の二名とは異なり、正吉イエスの資金源は謎に包まれていたが、まさか米軍だったとは。本当かどうかは分からないが、こんな話がポンポン飛び出すあたり、上には上がいるものだと思う。

 済は礼を言い、早速次の週末、科学の道本部へ行ってみることにした。

 ◇

 土曜日の昼、済は高田馬場にいた。高田馬場は中野から一駅で、たまにBIGBOXで買い物をしに来ていたのだが、まさか科学の道本部がこんな近くにあるとは思わなかった。大事なものは身近にあるものだ。という程大事でもないが……。

 高田馬場駅を出てすぐ、ガードと信用金庫に挟まれた「さかえ通り」と大書されたゲートをくぐる。学生ローンや居酒屋を通り過ぎたところでラーメンを食べ、昼食とした。さらに少し行ったところで右に折れる細い道があり、そこを進むと神田川を渡る橋に出る。周囲はさかえ通りとはうってかわり、うら寂しい住宅街だ。そのまま進むと洋食屋や焼肉屋が並ぶ場所に出た。地図上はこのあたりのはずだ。周囲を見回すと……あった。

 そのビルは五階建てで、一階中央に入り口があり、その上に「科学の道本部」と掘られた御影石の看板がかかっている。建物はコンクリートの打ちっぱなしで、良く言えばシンプルでスタイリッシュだ。正面から見たところ、窓が中央入り口の上に連なっており、各階に一つずつしかないように見えるのが気になった。いずれにしてもただのビルで、言われなければこれが宗教団体の本部とは気付かないだろう。巨大なドームの周りにサイロのような塔が連なっている方南町の仏教系団体や、天守閣付きの城がそびえ立つ野田市の団体に比べると随分質素なものだ。これまで見たところでは、大久保のサイエンス・ムーブメントや、浅草のGRA本部のスケールをぐっと小さくしたような感じだ。

 それにしても、こんなところで勧誘が捗るのだろうか?人通りがほとんどないが……。いらぬ心配をしながら入り口の脇に目をやると「無料カウンセリング実施中」というこれまた控えめなチラシが貼られている。「実施中」と言われても、大久保駅前でティッシュ配り並にチラシを配っているサイエンス・ムーブメントとは違い、こっちは他に誰もおらず入りづらい。とはいえ仕方ない、山崎と恭子さんのためだ。

 済は腹を括り、ビルの中へ入ってみることにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

青山済 東西大学出身、大日本データ勤務のSE。マルチ商法信者にFacebookで絡まれるが、黎明期のインターネットで培った特定スキルと祭りスキルで相手を再起不能にする。ところが、それをきっかけに現在進行系で危険な団体と絡んでいることを知ることになる。

吉井大介 東西大学出身、帝国化学勤務の研究者。済とは学生時代の同期であると共に、インターネット黎明期に特定祭りに参加していた「特定班」だった。マルチ商法女再起不能作戦に協力したり、危ない団体にスパイとして潜り込んだりと、様々な面でサポートしてくれる存在。大阪で二人の同期、山崎が新興宗教にハマっていることを知るが...。元ラグビー部の動けるぽっちゃり。


杉永陽子 東西大学出身、毎朝テレビの記者。済とは学生時代、一緒に政治活動をやっていた仲。両親共に共産党員で、子供の頃からデモに行っていたバリバリの左翼サラブレッド。済のマルチもどき団体吊し上げ会に参加するが、これをきっかけに妹が怪しい自己啓発セミナーにハマっているのではないかと疑う。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み