第59話 緊急警報

文字数 2,255文字

 「お前達が飲んだのはな、天然痘の培養液だ。」

 島村が決定的な一言を放ったにも関わらず、突然の「テンネントウ」という言葉がピンと来ないのか、多くの者が周囲と顔を見合わせていた。

 それを見て島村が続ける。

 「お前らアホにも分かるように説明してやろう。天然痘というのは最悪クラスの伝染病だ。皮膚の上にあばたができる病気で、強力な感染力を持つと共に致死率は五十パーセントに及ぶ。しかもお前たちが飲んだのは兵器用にウイルスを改変したもので、致死率を高めてある。さらに悪いことに、今の日本にこいつを診れる医者はいない。何故かって?こいつは人類が初めて根絶に成功した病気なんだ。四十年近く前に根絶されて、ワクチン接種も廃止されてる。つまり実際に天然痘を診察したことのある医師は皆無といって良いわけだ。しかも特効薬は存在しない。お前ら全員、国から見捨てられるぞ。」

 七千人のうち、一部でも東京に到達し山手線を一周したら……。

 吉井は島村が解説を始めた瞬間にステージ裏に戻り、荷物を引っ掴んだ。エントランスへ向けて走り出した時、ステージへ群衆が駆け上がる音がし、島村のマイクを通じて怨嗟が聞こえてきた。

 「クソが!お前は今ここで死ね!」
 「騙しやがって!!五年も自己投資してたんだぞ!!」

 エントランスを出ると、別のところから出てきた済と鉢合わせした。いつの間にか化粧を落とし、デニムとパーカー姿になっている。

 「ヨッさん、ちょうど良かった。東二ゲートの方へ走るぞ。」
 「東二ゲート?」
 「俺がドローン使って配信してたのがネットでバズっててな、警察に大量の通報があったのと、杉永さんの連絡もあって今警察がこっちに向かってる。警視庁と千葉県警の機動隊及びNBCテロ対策部隊だ。そのうち自衛隊も応援に駆けつけるはずだが、まずは俺達の話を聞きたいってことで東二ゲートのあたりで回収されることになってる。一応俺達も接触者だからな。一般人と接触したらまずいというわけだ。そのうち緊急警報が配信されるはずだ。それから、杉永さんから電話取材の依頼もらってる。サークルについてニュースにしたのはサイバーテレビだけ、しかも取材してたのは彼女だけだから今頃は大忙しだろうな。」

 済の話を聞きながら走る。セントラルキャフェテリア、ラウンジの前を突っ切り、メッセ交差点の歩道橋が見えたところで右に折れた。五十メートルほど走ると東二ゲート前に出る。

 ゲート前で待っていると、二人のスマホから初めて聞く警報音が流れ始めた。Jアラートが発信されたのだ。

 「キュウウウーーーーーーン」という精神をえぐる音が流れ始め、吉井は思わず耳を塞いだ。その警報音は二人とも初めて聞くものだった。二人が聞いたことがあったのは地震の際の「チャンラン、チャンラン」だけで、正直少し聞き慣れてしまっていたが、この音はそれとはレベルが違う不快さを伴っていた。胸が締め付けられるようにきつくなり、吐き気を催す。何度も聞くと涙が出てくるかもしれないと吉井は思った。

 「国民保護サイレン」が、初めて流された瞬間だった。
 ※国民保護サイレン:全国瞬時警報システム、通称Jアラートで採用されている警報音の一つ。普段聞くのは「上りチャイム音」というもので、地震情報や気象情報に利用される。一方の「有事サイレン」は、弾道ミサイルや大規模テロの際に流されるもので、空襲警報を思わせる極めて不快な音となっている。政府のサイトやYoutubeから聞くことが可能だが、一般人が公衆の場で放送するのは禁止されている。本当に不快な音なので、聞く際は注意。

 スマホには「暴動情報。暴動情報。当地域に暴動の危険が及ぶ可能性があります。避難情報に従い、速やかに避難して下さい。」というメッセージが配信されていた。

 サイバーテレビのアプリを開くと、今日サークルの前で流した番組と同じアナウンサーが幕張メッセでの暴動について報じていた。まだ天然痘の現物が確認できていないため、あくまでも「暴動」としての扱いだったが、単なる暴動にしては扱いが大きく、政府としても事態を重く見ているのは確実だった。天然痘の存在が確認されれば、本格的に幕張メッセ周辺を隔離するだろう。

 番組の上には緊急情報が常に流れており、「武力攻撃に関わる緊急警報が発信されています。次の区域の方は速やかに避難を開始してください。千葉県船橋市全域、習志野市全域、八千代市全域、千葉市花見川区、稲毛区……」というテロップが出ていた。

 公的な情報ではまだ伏せられていたものの、ネットでは済の配信から天然痘の情報が知れ渡っており、

 「おいおい、天然痘ってマジか!本当だったらバイオテロじゃん!」
 「千葉県全滅するんじゃね?」
 「千葉で済むかよ、東京にでも広がってみろ、百万人じゃきかないレベルの被害者が出るぞ。」
 「天然痘を持ってたとか、サークルって何者なんだよ!北の工作員集団か!?」

 といった投稿がTwitterや5ch、FaceBookを埋め尽くしていた。

 済は撮影用のスマホを幕張メッセに残してきたため、配信はまだ続いていた。wifiも電源も幕張メッセから拝借していたため、インフラが生きている限りは様子を確認できる。

 吉井が配信URLを開こうとしたその時、二人の前に青い小型トラックのような車が停まった。千葉県警NBCテロ対策部隊の、化学防護車だった。
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登場人物紹介

青山済 東西大学出身、大日本データ勤務のSE。マルチ商法信者にFacebookで絡まれるが、黎明期のインターネットで培った特定スキルと祭りスキルで相手を再起不能にする。ところが、それをきっかけに現在進行系で危険な団体と絡んでいることを知ることになる。

吉井大介 東西大学出身、帝国化学勤務の研究者。済とは学生時代の同期であると共に、インターネット黎明期に特定祭りに参加していた「特定班」だった。マルチ商法女再起不能作戦に協力したり、危ない団体にスパイとして潜り込んだりと、様々な面でサポートしてくれる存在。大阪で二人の同期、山崎が新興宗教にハマっていることを知るが...。元ラグビー部の動けるぽっちゃり。


杉永陽子 東西大学出身、毎朝テレビの記者。済とは学生時代、一緒に政治活動をやっていた仲。両親共に共産党員で、子供の頃からデモに行っていたバリバリの左翼サラブレッド。済のマルチもどき団体吊し上げ会に参加するが、これをきっかけに妹が怪しい自己啓発セミナーにハマっているのではないかと疑う。

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