第43話 謎のマークの正体

文字数 2,372文字

MASKのビルから昼過ぎに帰宅すると、スパイカメラをノートパソコンに繋いだ。陽子は就職してからずっとLet'snoteを使っている。昨夜撮影したファイルを取り出し再生する。

画面にはやや暗いものの、あのマークや絵が映っていた。補正すれば見られる画像になりそうだ。早速済にメッセージを送る。動画ファイルと、切り取って露出とコントラストを補正した画像を添付した。

「青山さん、MASKに潜入してるのバレちゃった。」
「えっ、本当!?」
「運悪く、研修所に三鷹のシェアハウスの人が来てて見つかっちゃった。よっぽど恭子に会わせたくないみたい。それで今帰ってきたとこ。」
「ええっ!そりゃ運が悪いなー、そのまま行けば最後に妹と再会できたかもしれないのに。」
「うん。一応警察には言うつもり。本当にどこにいるんだか……。ところで、ちょっとこれ見てもらえる?」
「このファイルね。中身は何?」
「昨日の夜、こっそりビルに残って色々探ってたら、地下に怪しい部屋があったから撮影してきたの。昨日やっといて良かったー。」
「さすが社会部記者!しっかり調べてるね。ちょっと見てみる。」
「切り取って添付してあるのが気になるとこ。動画だと一分くらいのところで、変なマークと絵が映ってるでしょ?」
「あーはいこれね。SとかMとか描いてるマークと、地球にUFOがぶつかってる絵か。地球の真ん中にあるのは日本かな。」
「秘密結社か何かのマークかな?と思ったんだけど。」
「なるほど、あーこれ似たのを見たことあるぞ?何だったかなー。ああそうだ、サイエンス・ムーブメントのマークに似てる。」

さすが済だ。新興宗教関係の話ならすぐに答えが返ってくる。

済が言うには、サイエンス・ムーブメントというのは米国発祥の宗教団体で、日本には八十年代後半に上陸したそうだ。

活動のメインがウソ発見器のような器具を使ったカウンセリングなのが特徴で、あくまで科学的に自らを見つめ、探求するのが大事と主張している。信者になり、ランクが上がるとカウンセラー役を務めることになる。

ところが、このウソ発見器とカウンセリングは心理学的に効果が実証されておらず、またランクが上がると超能力が使えるという教義がこの団体を怪しい宗教たらしめていた。

その科学至上主義から、二十年ほど前にヒトのクローンを作った、と教団所属の科学者が発表したことで一般の人には知られている(その割に心理学的に意味のないカウンセリングを中心に据えるのがまたカルト宗教らしいところである)。

「ほらこの、浄化されてるみたいな男性が持ってる太い金属の棒とメーターみたいなやつ。これがサイエンス・ムーブメントのカウンセリング機器なんだよ。ただ、ちょっとマークが違うんだよなあ。」
「どんなの?」
「これ。Sって付いてるのと、バックの模様が似てるでしょ?」

済が送ってきたマークは、大きく描かれた「S」の後ろに、正三角形が四つ並んだものだった。三角形の交わるところがMを横にしたように見え、確かに似ている。

「うーん、似てるのは似てるけど、違うマークに見えるね。」

「ちょっとFacebookに上げてみるか。他の宗教マニアが何か知ってるかも。まあ杉永さんは記者だから、その気になればもっと詳しく調べられるだろうけどね。」
「でも最近は宗教関連の事件少なくなったし、あんまり詳しい人いないんだよね。二十年前だったら分からないけど。ほら、昔はオウムの他にも『定説です。』だのスカラー波だの、『最高ですか!』だの、色々あったよね。」
「あの頃はしょっちゅう新興宗教ネタやってたからなー、宗教マニアもメインストリームの気分だったよ!あの頃は良……くはないんだけどね。」

昔を懐かしむ会話をしているうちに、済のTLに陽子の送った画像が上がった。

投稿には、「

宗教・秘密結社・極左暴力集団マニア求む!!

友人がこのマークの団体について調べているのですが、どなたか知りませんか?サイエンス・ムーブメントにも似てると思うのですが......。



と書かれていた。



「あー、こりゃ『科学の道』ですね。」

夕食を終えた済がFacebookを確認すると、早速コメントが付いていた。済と同じく宗教マニアの肥後からだ。

肥後は、大学院で文化人類学を学び、修論は新宗教二世の抱える問題をテーマに書いたという元宗教学徒で、マニアのレベルを凌駕した専門家だった。宗教団体の会合に潜り込むのが趣味で、特に小規模団体の実態観察を専門としており、実際に宗教関係の雑誌に寄稿もしている。済はそれだけで食べていけるのではないかと思っているのだが、世の中そう上手くはいかないらしい。

宗教マニアにも色々なタイプがあり、伝統宗教が好きな者もいれば新興宗教が好きな者もいる。済は新興宗教の中でも幸せの哲学や日蓮学会といった大手が世の中に与える影響を調べるのが好きで、宗教の他に秘密結社もよく調べていた。この点で肥後とはタイプが違うものの、外からはなかなか得られない情報を取ってくる肥後のことは尊敬していた。

「サイエンス・ムーブメントとマークが似てるのは当たり前で、ここはもともとサイエンス・ムーブメントの日本支部だったんです。大久保にでかいビルがあるやつ。それが、五年くらい前かな、何故か今の教祖の天道加世って女性が突然独立しましてね。でもあんまり信者いないんじゃないかなあ。当時もそんなについて行く人いなかったみたいです。」

なるほど、やはり宗教だったか……。済が肥後にお礼の返信をしていると、思わぬ人物からメッセージが飛んできた。
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登場人物紹介

青山済 東西大学出身、大日本データ勤務のSE。マルチ商法信者にFacebookで絡まれるが、黎明期のインターネットで培った特定スキルと祭りスキルで相手を再起不能にする。ところが、それをきっかけに現在進行系で危険な団体と絡んでいることを知ることになる。

吉井大介 東西大学出身、帝国化学勤務の研究者。済とは学生時代の同期であると共に、インターネット黎明期に特定祭りに参加していた「特定班」だった。マルチ商法女再起不能作戦に協力したり、危ない団体にスパイとして潜り込んだりと、様々な面でサポートしてくれる存在。大阪で二人の同期、山崎が新興宗教にハマっていることを知るが...。元ラグビー部の動けるぽっちゃり。


杉永陽子 東西大学出身、毎朝テレビの記者。済とは学生時代、一緒に政治活動をやっていた仲。両親共に共産党員で、子供の頃からデモに行っていたバリバリの左翼サラブレッド。済のマルチもどき団体吊し上げ会に参加するが、これをきっかけに妹が怪しい自己啓発セミナーにハマっているのではないかと疑う。

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