第17話 済、タケシと再会
文字数 3,412文字
久しぶりにタケシに連絡したものの、連絡を絶ってから随分経つ。どうせ返ってこないだろうと思っていたが、意外にもすぐに返信が来た。
「すみません、どちら様でしょうか。携帯を変えた時に、昔の会話が消えてしまって。」
最後にやり取りしたのがもう三年前だ。済を思い出せないのも当然である。
「あーごめんごめん、ほら三、四年前のハロウィン街コンで知り合って、何度か新橋のパーティーとかに誘ってもらってたワタルです!久しぶりに飲みに行きませんか?」
すぐにメッセージは既読になったものの、その日は返信が来なかった。八丁堀での一件を思い出せば、このまま無視されても仕方がない。この件はここまでにしておこうかと思っていたが、翌日返事がきた。
「いいですよ。今週末は空いてます。」
「了解です。それじゃ土曜日の夜に渋谷はいかがですか?」
「大丈夫です。」
新橋や八丁堀は避けたほうが良いだろうと思い、東京の西側を指定した。また口論になる可能性もあるため、渋谷の個室居酒屋を指定する。土曜日を待つ間に、同じ街コンで知り合った数人にタケシのことを覚えているかと聞いてみたところ、当然ながらほとんどは覚えていなかった。しかし、一人だけ覚えている人物がいた。パーティーでも顔を合わせていたチバさんだ。
「あータケちゃんさんですね、覚えてますよ。確かあの後新橋のパーティーでお会いしましたよね?」
「そうですそうです、僕もチバさんのこと覚えてます!それで、最近調べたらあのニューブリッジって店、ちょっとまずい店らしくて。」
「ネットワークビジネスの店なんでしょ?笑 僕、弟子入りするとこまで行きましたもん。そしたらネットワークビジネスをやってるって言われたので、逃げ出しました笑」
やはりタケシがネットワークビジネスをやっていたのは間違いなかった。証拠のスクリーンショットを保存する。
迎えた土曜日、少し早めに着いたためそのまま居酒屋に入る。先に入っているとタケシにLINEをしつつ証拠が保存されていることを確認し、これからの流れを想像した。数年前のことである上、飲み代を出してもらった(正確には酔わせて出させたのだが)のでマルチ商法の件について責め立てるつもりはなかった。ただ、本人の口から当時のことを聞いてみたかった。そうして待っていると、予定していた時間ぴったりにタケシが現れた。
◇
居酒屋に現れたタケシは、少し縮んでいるように見えた。顔色は悪く、昔に比べると確実に痩せている。着ているネルシャツや履いているデニムも着古した様子が出ており、かつてあれだけ労働者を馬鹿にしていた人間の割には、随分とみすぼらしく見えた。
「タケちゃん久しぶり。もう三年になるかな。元気してた?」
「まずまずだよ……。ワタルさんは変わらず元気そうだね。」
「年次が上がって責任と残業が増えたから、昔よりは疲れてるかもしれないけどね。」
世間話をするために呼んだわけでもない。ビールとサラダ、枝豆に刺し身と、一通り注文をし、乾杯をすると早速本題に切り込む。
「今日はタケちゃんに、『あること』を聞きたくて呼んだんだ。」
すると、タケシのほうから話し始めた。
「大体分かってるよ。俺がネットワークビジネスをやってたんじゃないかって聞こうとしてるんだろ。ワタルさんのことだから感づいたんだろうなと思った。やってたよ。」
思いの外あっさり認められてしまった。肩透かしを食らった気分だ。
「その通り、それを聞きたくて今日は誘ったんだ。やっぱりやってたのか。するとあのパーティーも、勧誘のためだったってことかな。」
「そう。店員も全員会員だし、パーティーに来てたサチさんとかジャスミンも皆会員だよ。まあ半分以上はやめてるけどね。俺もあの後半年くらいしてやめたんだ。ほら、八丁堀でたらふく飲まされた日。」
「いやーあの日は悪かった、僕も酔ってたし、完全にブチ切れちゃって。」
「いいよ。今だったら怒る気持ちも分かる。それに、辞められたのもワタルさんがきっかけといえばきっかけなんだ。」
「どういうこと?」
「実はユウスケさん、大学時代に友達が左翼団体に洗脳されたことがあるらしくて、あの後『お前、共産主義者を連れてくるとか、何考えてるんや!内部で洗脳活動でも始められたら大変なことになるんやぞ!!』ってめっちゃ怒られてさ。それから俺は、人を見る目のない男扱いされるようになった。ドリームランドって、真面目に勉強しなくて済む代わりに人間力だの魅力だの、やたらとコミュニケーションに重点が置かれるんだ。それでもまだ洗脳されてたから、もっと頑張らないと勧誘できないぞって思って会社を辞めて、ニューブリッジで働かせてもらった。当時は毎晩勧誘活動とか、師匠への日報を送るせいで常時寝不足で、職場でも居眠りとかやる気のなさが問題視されてたからあっさり辞められたよ。それでもやっぱり誰も勧誘できなくて、体の調子が悪くなったからやめたんだ。」
相変わらず一方的に喋ることが多い男だったが、興味深い話だったのでそのまま聞いていた。人の話を聞かないタイプでも、話が面白ければ許されるのかもしれない。
「それは何だか、悪いことをしてしまったね。」
「いやいいんだよ、ネットワークビジネスから足を洗えたし。ドリームランドでは買い込みを半強制させられるんだけど、俺も変なプライドがあったからずっと続けてて。実はワタルさんと飲んでた時点で既にサラ金にかなり借金してたんだ。今からしたら馬鹿な話だけど、買い込みしてると毎月セミナーで褒められるんだよね。大きなセミナーでも前に出られるし、チーム内のセミナーでも皆の前で褒めてもらえる。当時はそれが凄く気持ちよくて、やめられなかったんだよね。でもサプリのモノ自体は良かったな、何だか元気が出てきて、贅肉も落ちるんだよ。」
「まだ八丁堀には住んでるの?」
「もう八丁堀には住んでない。金がないからユウスケさんのシェアハウスに皆で住んでたんだ。でもやめたら住めなくなって、金もないからとりあえず荷物を処分してネット難民してた。その後千葉の奥のほうで何とか物件見つけて転がり込んだよ。その後は派遣で食いつないでたんだけど、借金がなかなか減らなくて。そのうち全然帰省しないのを親が怪しんで、結局借金を肩代わりしてもらったんだ。その後何とか営業の仕事見つけてこっちにいたんだけど、東京だと昔使ってた店の近くに行くだけで気分が悪くなるし、もういいかなって。来月地元に帰ることにした。最後にワタルさんに会えて良かったよ。」
「そうだったのか、それは大変だったね……。でも良かったじゃん。何とか落ち着いて。それに、マルチ商法でダウンを一人も作らなかったってことは、誰からも搾取していないってことだ。タケちゃんはそこは誇って良いと思うよ。ドリームランドの中では買い込みする系列がいないと馬鹿にされたかもしれないけど、僕からしたら沢山買い込みさせてる奴らのほうが搾取をしてるクズ野郎だ。タケちゃん、地元に帰るかもしれないけどそこでも働くんでしょ?それだけで誰かを幸せにできるってことだよ。もしも働かなくてもそれでいい。誰かから搾取することなく、平穏に生きてるなら誰にもそれにケチを付ける権利はない。」
済は、「これは三年前のお返しだ」と言ってタケシの分まで会計を支払い、居酒屋を後にした。
JR渋谷駅から山手線に乗り、新宿へ向かう。車内で済は、入里麻里奈からタケシに至るここ一ヶ月の出来事を思い返していた。ふとしたきっかけからマルチ商法について調査することになってしまったが、調査も一旦終わりだ。せっかくなのでブログかFacebookにでも公開しようか……。だが何かが引っかかる。頭では調査完了という結論が出ている一方、心のどこかにまだもやもやした感覚が残っているのだ。入里とタケシに共通するのは、意識高い系であることと選民主義思想を持っていることだった。何かに気づいた済は、中央線に乗り換えたタイミングでLINEのフレンドリストを開き、スクロールした。画面の中央に市村悠一のアカウントが浮かぶ。プロフィールを開くと、そこにはこう書かれていた。
「自分が源☆」
「すみません、どちら様でしょうか。携帯を変えた時に、昔の会話が消えてしまって。」
最後にやり取りしたのがもう三年前だ。済を思い出せないのも当然である。
「あーごめんごめん、ほら三、四年前のハロウィン街コンで知り合って、何度か新橋のパーティーとかに誘ってもらってたワタルです!久しぶりに飲みに行きませんか?」
すぐにメッセージは既読になったものの、その日は返信が来なかった。八丁堀での一件を思い出せば、このまま無視されても仕方がない。この件はここまでにしておこうかと思っていたが、翌日返事がきた。
「いいですよ。今週末は空いてます。」
「了解です。それじゃ土曜日の夜に渋谷はいかがですか?」
「大丈夫です。」
新橋や八丁堀は避けたほうが良いだろうと思い、東京の西側を指定した。また口論になる可能性もあるため、渋谷の個室居酒屋を指定する。土曜日を待つ間に、同じ街コンで知り合った数人にタケシのことを覚えているかと聞いてみたところ、当然ながらほとんどは覚えていなかった。しかし、一人だけ覚えている人物がいた。パーティーでも顔を合わせていたチバさんだ。
「あータケちゃんさんですね、覚えてますよ。確かあの後新橋のパーティーでお会いしましたよね?」
「そうですそうです、僕もチバさんのこと覚えてます!それで、最近調べたらあのニューブリッジって店、ちょっとまずい店らしくて。」
「ネットワークビジネスの店なんでしょ?笑 僕、弟子入りするとこまで行きましたもん。そしたらネットワークビジネスをやってるって言われたので、逃げ出しました笑」
やはりタケシがネットワークビジネスをやっていたのは間違いなかった。証拠のスクリーンショットを保存する。
迎えた土曜日、少し早めに着いたためそのまま居酒屋に入る。先に入っているとタケシにLINEをしつつ証拠が保存されていることを確認し、これからの流れを想像した。数年前のことである上、飲み代を出してもらった(正確には酔わせて出させたのだが)のでマルチ商法の件について責め立てるつもりはなかった。ただ、本人の口から当時のことを聞いてみたかった。そうして待っていると、予定していた時間ぴったりにタケシが現れた。
◇
居酒屋に現れたタケシは、少し縮んでいるように見えた。顔色は悪く、昔に比べると確実に痩せている。着ているネルシャツや履いているデニムも着古した様子が出ており、かつてあれだけ労働者を馬鹿にしていた人間の割には、随分とみすぼらしく見えた。
「タケちゃん久しぶり。もう三年になるかな。元気してた?」
「まずまずだよ……。ワタルさんは変わらず元気そうだね。」
「年次が上がって責任と残業が増えたから、昔よりは疲れてるかもしれないけどね。」
世間話をするために呼んだわけでもない。ビールとサラダ、枝豆に刺し身と、一通り注文をし、乾杯をすると早速本題に切り込む。
「今日はタケちゃんに、『あること』を聞きたくて呼んだんだ。」
すると、タケシのほうから話し始めた。
「大体分かってるよ。俺がネットワークビジネスをやってたんじゃないかって聞こうとしてるんだろ。ワタルさんのことだから感づいたんだろうなと思った。やってたよ。」
思いの外あっさり認められてしまった。肩透かしを食らった気分だ。
「その通り、それを聞きたくて今日は誘ったんだ。やっぱりやってたのか。するとあのパーティーも、勧誘のためだったってことかな。」
「そう。店員も全員会員だし、パーティーに来てたサチさんとかジャスミンも皆会員だよ。まあ半分以上はやめてるけどね。俺もあの後半年くらいしてやめたんだ。ほら、八丁堀でたらふく飲まされた日。」
「いやーあの日は悪かった、僕も酔ってたし、完全にブチ切れちゃって。」
「いいよ。今だったら怒る気持ちも分かる。それに、辞められたのもワタルさんがきっかけといえばきっかけなんだ。」
「どういうこと?」
「実はユウスケさん、大学時代に友達が左翼団体に洗脳されたことがあるらしくて、あの後『お前、共産主義者を連れてくるとか、何考えてるんや!内部で洗脳活動でも始められたら大変なことになるんやぞ!!』ってめっちゃ怒られてさ。それから俺は、人を見る目のない男扱いされるようになった。ドリームランドって、真面目に勉強しなくて済む代わりに人間力だの魅力だの、やたらとコミュニケーションに重点が置かれるんだ。それでもまだ洗脳されてたから、もっと頑張らないと勧誘できないぞって思って会社を辞めて、ニューブリッジで働かせてもらった。当時は毎晩勧誘活動とか、師匠への日報を送るせいで常時寝不足で、職場でも居眠りとかやる気のなさが問題視されてたからあっさり辞められたよ。それでもやっぱり誰も勧誘できなくて、体の調子が悪くなったからやめたんだ。」
相変わらず一方的に喋ることが多い男だったが、興味深い話だったのでそのまま聞いていた。人の話を聞かないタイプでも、話が面白ければ許されるのかもしれない。
「それは何だか、悪いことをしてしまったね。」
「いやいいんだよ、ネットワークビジネスから足を洗えたし。ドリームランドでは買い込みを半強制させられるんだけど、俺も変なプライドがあったからずっと続けてて。実はワタルさんと飲んでた時点で既にサラ金にかなり借金してたんだ。今からしたら馬鹿な話だけど、買い込みしてると毎月セミナーで褒められるんだよね。大きなセミナーでも前に出られるし、チーム内のセミナーでも皆の前で褒めてもらえる。当時はそれが凄く気持ちよくて、やめられなかったんだよね。でもサプリのモノ自体は良かったな、何だか元気が出てきて、贅肉も落ちるんだよ。」
「まだ八丁堀には住んでるの?」
「もう八丁堀には住んでない。金がないからユウスケさんのシェアハウスに皆で住んでたんだ。でもやめたら住めなくなって、金もないからとりあえず荷物を処分してネット難民してた。その後千葉の奥のほうで何とか物件見つけて転がり込んだよ。その後は派遣で食いつないでたんだけど、借金がなかなか減らなくて。そのうち全然帰省しないのを親が怪しんで、結局借金を肩代わりしてもらったんだ。その後何とか営業の仕事見つけてこっちにいたんだけど、東京だと昔使ってた店の近くに行くだけで気分が悪くなるし、もういいかなって。来月地元に帰ることにした。最後にワタルさんに会えて良かったよ。」
「そうだったのか、それは大変だったね……。でも良かったじゃん。何とか落ち着いて。それに、マルチ商法でダウンを一人も作らなかったってことは、誰からも搾取していないってことだ。タケちゃんはそこは誇って良いと思うよ。ドリームランドの中では買い込みする系列がいないと馬鹿にされたかもしれないけど、僕からしたら沢山買い込みさせてる奴らのほうが搾取をしてるクズ野郎だ。タケちゃん、地元に帰るかもしれないけどそこでも働くんでしょ?それだけで誰かを幸せにできるってことだよ。もしも働かなくてもそれでいい。誰かから搾取することなく、平穏に生きてるなら誰にもそれにケチを付ける権利はない。」
済は、「これは三年前のお返しだ」と言ってタケシの分まで会計を支払い、居酒屋を後にした。
JR渋谷駅から山手線に乗り、新宿へ向かう。車内で済は、入里麻里奈からタケシに至るここ一ヶ月の出来事を思い返していた。ふとしたきっかけからマルチ商法について調査することになってしまったが、調査も一旦終わりだ。せっかくなのでブログかFacebookにでも公開しようか……。だが何かが引っかかる。頭では調査完了という結論が出ている一方、心のどこかにまだもやもやした感覚が残っているのだ。入里とタケシに共通するのは、意識高い系であることと選民主義思想を持っていることだった。何かに気づいた済は、中央線に乗り換えたタイミングでLINEのフレンドリストを開き、スクロールした。画面の中央に市村悠一のアカウントが浮かぶ。プロフィールを開くと、そこにはこう書かれていた。
「自分が源☆」