第26話 済、イッチーを尾行

文字数 2,889文字

 人を紹介するというLINEに対する市村の反応は速かった。小山内と陽子が見る前でLINEした後、五分と経たずに返事が帰ってきた。

 「また紹介して下さるんですか!ありがとうございます!来月ならこれから調整可能ですので、よろしくお願いします。一週目の土曜夜なんかいかがでしょうか。」

 早速返ってきましたよ、と二人にスマホの画面を見せる。この日程で問題ないことを確認すると、すぐに返事を送った。

 「はい、大丈夫です。よろしくお願いします!ちなみに今回はベンチャー企業に勤める女子です!」
 「おおー活発そうでいいですね!あ、そうだ今月のオタク飲み会来ますか?来週水曜日にあるんですよ!」

 日程調整ついでにオタク飲み会への誘いが来た。一瞬悩んだものの、ある考えが浮かんだため参加することにした。

 「いいですねー、是非参加させて下さい!」
 「ありがとうございます!それじゃ、後で詳細送りますね☆」

 ここまでのやりとりを見て、カモへの食いつきが凄いですねと小山内は苦笑いしていた。陽子はモデルになる会社を探しておくわ、と早速戦闘モードだ。再度作戦開始の乾杯をした後、三人は解散した。

 ◇

 翌週の水曜夜、済は駒込駅にいた。オタク飲み会では駒込のレンタルスペースがよく使われるため、何度となく通ううちに、普段絶対に降りないにも関わらず土地勘が付いた。今回も前と同じレンタルスペースだったため、道は把握している。焼き鳥屋やラーメン屋、八百屋などが並ぶ商店街は地元の人で賑わう。ここを抜けると会場なのだが、すぐには入らずカフェかコンビニがないか探す。今回わざわざオタク飲み会に参加したのは、何もオタク話がしたいからではない。飲み会終了後、主催三人の後をつけてみようと思ったのだった。済の推測でいくと、三人とも同じシェアハウスに住んでいるはずだ。主催は参加者を帰した後に撤収するのが毎度の流れだったので、終了後に彼らが出てくるのを待つ必要があった。幸い、会場から少し離れたところにコンビニを発見した。立ち読みしながら様子を伺えそうなことを確認し、会場に入る。

 オタク飲み会が行われるレンタルスペースは最大二十人が入れる程度の広さで、開始少し前だったが既に十人以上入っていた。毎度の参加者数を考えると、これでほぼ全員揃っているはずだ。受付はターリーで、少し気まずく感じたものの対応は普通だった。あまりに多くの人間を相手にするので、一人一人のことまで覚えていないのだろう。脱会者にLINEの友人リストを見せてもらったことがあるが、知り合った日と名前がアンダーバーで繋げられたものが大量に並んでおり、友人一覧というよりは案件一覧のようだった。今回誘われたのも不思議ではあったが、飲み会にだけ呼ぶカモリストに入ったのだろう。会費を多めに回収することによる差分が彼らの収入源になり、ひいては「自己投資」として師匠の懐に入ることとなる。

 飲み会では酒を控えめにし、周囲の様子を探る。顔見知りになった常連が何人もいるが、彼らもサークルの人間なのだろうか。特に、知り合いを誘っている常連は怪しい。一般参加者と話したいところだったが、今回の目的は主催についての情報収集だ。早速市村に話しかける。

 「イッチーさんお久しぶりです!また誘って頂いてありがとうございます!」
 「こちらこそ来て頂いてありがとうございます!この間は吉井さんを紹介頂きありがとうございました。今は大阪の師匠のところで勉強を始めたみたいですよ。」
 「ええ、本人も喜んでました。今度また人を紹介するのでよろしくお願いしますね。今度は東京の子なので。」
 「いやー、何度も紹介頂いてありがとうございます!楽しみにしてます☆」
 「ところで、このレンタルスペースを使われることが多いですねー、皆さん家近いんですか?」
 「いえいえ、単に安くて使いやすいだけで。主催は三人とも、亀戸に住んでるんですよ。」

 三人とも亀戸住み……。やはり推測は当たっているのか。何としてでも今日は尾行しなくては。

 「イッチーさん、土日忙しそうなのに調整してもらってありがとうございます。」
 「昼は勉強会があるんですが、夜は大丈夫ですよー。」

 土日は勉強会。セミナーのことだろうか。

 あまり突っ込んで聞いても怪しまれるかと思い、その後は他愛もない話をして時間を潰した。やがて終わりの時間になると、撤収時間を厳守しなければといって会場を追い出される。済も素直に従い、来た時に目をつけていたコンビニに入った。立ち読みのふりをして会場の様子を伺う。十分ほどすると、他の常連も連れて主催の三人が出てきた。やはり彼らもグルだったのだろうか。集団はそのまま駅に向かったため、済も後をつけた。尾行は難しいかもしれないと心配していたが、徒党を組んで歩いているので着いていくのは難しくなかった。

 集団は駒込駅に入ると、山手線で秋葉原に向かった。秋葉原駅で降りると総武線のホームへ行き、千葉方面に乗り換える。数分乗って降りたのは……済の推測通り、亀戸駅だった。

 集団は駅の南側に出てしばらく歩き、首都高速の手前で右折した。そこからさらに五分ほど歩くと、古ぼけた三階建てのアパートに吸い込まれていく。済は外観の写真を撮影すると共に住所を控えると、すぐにその場を立ち去った。

 ◇

 亀戸から中野に帰り着いた時には、日付が変わりかけていた。済はネットで確認したいことがあったのだが、実行するには時間切れだったため、その日は素直に眠った。

 翌日、仕事を定時で切り上げた済は、帰宅するとすぐに「登記情報提供サービス」のホームページを開いた。これは法務局が提供しているサービスで、不動産登記や法人登記の情報を取得することができる。ウェブサイトは個人でも利用することが可能で、特定作業の際には動かぬ証拠に繋がることがある。各種情報をPDFでダウンロードすることができて便利な半面、平日午前八時半から午後九時までしか使えないという欠点もある。済はニューブリッジ調査の際に利用することがあるかもしれないと思い、利用登録を済ませていた。


※登記情報提供サービスウェブサイトより引用

 サービスにログインを済ませ、メニューから不動産請求を選択する。住所を入力し、種別は建物、請求内容は「全部事項証明書」と選択する。全部事項証明書というのは、過去から現在までの記録が全て記載されたもので、通常であればこれを取得すれば良い。証明書のPDFをダウンロードして開き、権利部を確認する。最新の所有者の欄にはこう書かれていた。

 所有者 東京都江東区X丁目X番X号 越島隆弘

 間違いない。あの古ぼけたアパートは越島隆弘の所有物件だ。この建物がシェアハウスになっており、主催者達が暮らしているのだろう。タケシの時と全く同じだ。また一つ爆弾ネタが増えた。
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登場人物紹介

青山済 東西大学出身、大日本データ勤務のSE。マルチ商法信者にFacebookで絡まれるが、黎明期のインターネットで培った特定スキルと祭りスキルで相手を再起不能にする。ところが、それをきっかけに現在進行系で危険な団体と絡んでいることを知ることになる。

吉井大介 東西大学出身、帝国化学勤務の研究者。済とは学生時代の同期であると共に、インターネット黎明期に特定祭りに参加していた「特定班」だった。マルチ商法女再起不能作戦に協力したり、危ない団体にスパイとして潜り込んだりと、様々な面でサポートしてくれる存在。大阪で二人の同期、山崎が新興宗教にハマっていることを知るが...。元ラグビー部の動けるぽっちゃり。


杉永陽子 東西大学出身、毎朝テレビの記者。済とは学生時代、一緒に政治活動をやっていた仲。両親共に共産党員で、子供の頃からデモに行っていたバリバリの左翼サラブレッド。済のマルチもどき団体吊し上げ会に参加するが、これをきっかけに妹が怪しい自己啓発セミナーにハマっているのではないかと疑う。

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