第52話 山崎救出作戦

文字数 2,272文字

 二週間後の土曜早朝、済は吉井と一緒に群馬へと向かっていた。アパートから出勤する山崎を確保できるかもしれないと考え、東京のレンタカー屋でデミオを借りて金曜深夜に出発したのだ。関越自動車道を北上し、夜が明けるまでサービスエリアで休憩した後、Aインターチェンジを降りてY町に向かった。Y町は面積の七割が山地という山間の町で、麓の町役場と商店街を通り過ぎると、どんどん山に入っていく。役場から三十分ほど走り、山道に入ったところで一度車を停め、念のためダミーのナンバープレートを付けた。さらに三十分ほど走ったところで、ストリートビューで見たあのアパートが見えてきた。少し離れた空き地に車を止め、双眼鏡で出入りを見張ることにした。

 運転の疲れはまだ完全に取れておらず、仮眠をとりながら交代で見張る。午前八時頃、吉井が見張る番になると、十人ほどがぞろぞろとアパートを出て山道を登って行った。工場に向かうのだろう。一時間して済に交代した後も数人が出て行き、その後吉井に交代すると人の出入りはなくなった。ここまでで山崎の姿は確認できていない。

 「十時か。日勤ならもう働き出してる頃だな。どうする?」
 「出てくるとすればあとは夜勤か。大分時間があるな。その前にまず、工場を見てみるか。」

 車を空き地から出し、山道を上ると、見覚えのある門があった。「株式会社 購買製造」だ。こちらには守衛がおり、近くに車を停めていると確実に怪しまれそうだ。結局、山の上のほうに車を停め、ギリギリ双眼鏡で敷地内が見える距離で様子を伺うことにした。小柄なほうがいくらかバレにくそうということで、吉井が車に残り、済が監視をする。二十分ほど粘ってみたが、人の出入りはほとんどなく、山崎の姿も見えなかった。

 結局工場でも収穫はなく、さっきの空き地に戻ることにした。サービスエリアで買ってきたパンやおにぎりを食べ、休んでいるうちに二人とも眠ってしまった。

 ◇

 「おい、おい起きろ!」

 吉井に体を揺さぶられて目が覚めた。時刻は午後四時を過ぎたところで、既に日が落ちかかっている。吉井は済を起こしながらも、双眼鏡でどこかを見ていた。

 「んん?どうしたんだよ。」
 「山崎がいるんだよ!」
 「マジかおい!」
 「俺が先に行って話をするから、お前は車で追いかけてきてくれ!」

 吉井はすぐに車を飛び出し、山道を駆け下りていった。体型はぽっちゃりしているが、元ラグビー部だけあって足は速い。双眼鏡で見てみると、確かに吉井が走って行く先にジャンパー姿の山崎がおり、アパートへの道を上っていた。敷地まであと二十メートルというところだろうか。走ってくる吉井を見てかなり驚いた様子だったが、二言三言で話は付いたらしく、吉井がこちらに手を振った。

 すぐに車を出して二人に近づくと、吉井が全力で後部ドアを開き、山崎と滑り込んできた。その後、どういうわけか山崎は後部座席の下に横になり、吉井は座席の間を無理やり移動して助手席に収まった。

 「久しぶりだな山崎、ってどこに入ってるんだよ!」
 「山のあちこちで見張られてるんだよ!外から見えないようにするにはこれしかない!礼は後でするが、山を降りるまで気を抜くなよ!」

 山崎の口調は真剣で、思ったより危ない状況になっているらしい。とはいえ、そんなに大したことはできんだろう、と済は高をくくって運転していた。しかし、すぐにそれが見くびりであることが分かった。十分ほど山道を下っていると、非常灯と警察官が目に入った。どうやら検問をやっているらしい。

 「何でこんなところで検問なんかやってるんだ?」
 「それは警察じゃない!あいつらだ!とにかく走れ!」
 「はあ?」

 済が状況を飲み込めずにいると、吉井が「こんなこともあろうかと!」と言いながら後部座席から何やらゴーグル付きのヘルメットを取り出した。

 「お前それ!」
 「暗視ゴーグルを買っておいて良かったぜ!ワタル、確かにあいつらが着てるのは警察の制服じゃないぞ。ただの警備員みたいだ。」
 「そんなこと言ってもこれ、どうすりゃいいんだよ!」
 「このまま突破するしかない!!腹を括れ!」
 「くそっ、こうなりゃヤケだ!」

 警備員が道の真ん中で誘導棒を振っていたが、構わず進んだ。車がスピードを落とさないのに気付くと警備員は慌てて道の脇に引っ込み、間一髪で突破することができた。

 「ふう、危ない……。」
 「まだ気を抜くなよ!」

 さらに二十分ほど走ると、吉井が何かに気づいて声を上げた。

 「今度は女が立ってるぞ……おいおい、あれ、銃じゃないのか!?」
 「あいつらが持ってるのは改造エアガンだ。実銃じゃないが、当たったらかなり痛いぞ。」
 「全く、敵にとって不足ない奴らだな!」

 吉井がまた何かいじっている雰囲気があったので助手席を見ると、今度はエアガンを準備していた。自衛隊が使っているアサルトライフル、89式小銃を電動エアガンにしたものだ。

 「後ろに色々積みすぎだろ!」
 「なに、任せとけって!」

 吉井は嬉しそうに89式小銃を構えると、フルオートで女を狙った。
 ※本当は人に向けてエアガンを撃ってはいけません!

 「よっしゃ当たったぞ!!」

 女が倒れこんだ脇を全速力で飛ばす。その後も、プラスチックの柵を突破したり、後ろから着いてくる車を巻いたりと生きた心地がしなかったが、何とかY町を脱出し、東京に帰ることができた。
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登場人物紹介

青山済 東西大学出身、大日本データ勤務のSE。マルチ商法信者にFacebookで絡まれるが、黎明期のインターネットで培った特定スキルと祭りスキルで相手を再起不能にする。ところが、それをきっかけに現在進行系で危険な団体と絡んでいることを知ることになる。

吉井大介 東西大学出身、帝国化学勤務の研究者。済とは学生時代の同期であると共に、インターネット黎明期に特定祭りに参加していた「特定班」だった。マルチ商法女再起不能作戦に協力したり、危ない団体にスパイとして潜り込んだりと、様々な面でサポートしてくれる存在。大阪で二人の同期、山崎が新興宗教にハマっていることを知るが...。元ラグビー部の動けるぽっちゃり。


杉永陽子 東西大学出身、毎朝テレビの記者。済とは学生時代、一緒に政治活動をやっていた仲。両親共に共産党員で、子供の頃からデモに行っていたバリバリの左翼サラブレッド。済のマルチもどき団体吊し上げ会に参加するが、これをきっかけに妹が怪しい自己啓発セミナーにハマっているのではないかと疑う。

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