第7話 一斉コメント攻撃、開始

文字数 2,414文字

 四月十二日、夜。済は慌ただしく仕事を切り上げ、シャワーや食事もそこそこに、デスクトップPCの前に座っていた。入里への誕生日一斉コメント攻撃が始まるのを待ちきれないためだ。
 攻撃開始にはまだ数時間あるが、まるで遠足前日の生徒のように落ち着かない。はやる気持ちを抑えながら、吉井、新城とメッセージをやり取りしていた。

 「二人とも協力してくれてありがとう。ついにこの日がやってきたな。」
 「昔を思い出すなあ。よく夜通し祭りに参加して、終わったらオフ会したっけ。懐かしいぜ。」
 「こっちは呼びかけしといた。少なくとも二十人はコメントしてくれるらしい。」
 「よし、ありがとう。酒でも飲んで零時を待とう。」

 久しぶりに三人で話すこともあり、学生の頃の思い出や、昔参加した特定祭りなど、すぐに積もる話に花が咲いた。あっという間に時間が過ぎ去っていき、気づけば十一時を過ぎていた。メッセージグループには緊張感が立ち込め、日付が変わるまでの時間が無限にも感じられる。十一時五十分になったところで空気が真剣モードに変わり、吉井が手順の確認に入った。

 「済が書き込んだら怪しいから、まずは俺が噂に聞いた体で書き込む。」
 「それを待って、俺が仲間に合図を出す。ここで一気にメッセージが膨れ上がるはずだ。」
 「もしも途中で相手が反論してきたら、俺が渡した証拠画像を貼り付けてくれ。」

 零時。Facebookに入里の誕生日通知が出た。

 「よし、攻撃開始だ。」
 「頼んだぞ、ヨッさん!」
 「いっけえええええええ!!」

 済の脳内にCH○GE and A○KAの「Y○H!Y○H!Y○H!」が流れ出す。あくまで心配する風を装い、吉井が誕生日メッセージを投稿する。

 「入里さんお久しぶりです、吉井です。誕生日おめでとうございます!ところで噂に聞いたのですが、マルチ商法の勧誘やってるって本当ですか?色々問題が多いビジネスなのでやめたほうがいいですよ...。何かあったら相談して下さいね。」

 誕生日は全体公開設定になっているため、誰でもコメント・参照可能になっている。吉井のコメントに続き、高専生連盟のメンバーが書き込む。

 「お誕生日おめでとうございます!私も噂でそう聞きました。友達を勧誘してたみたいですけど、友達なくすからやめたほうがいいと思います...。」
 「Happy Birthday!僕も入里さんがネットワークビジネスやってるって聞きました!昔僕もやってたんですけど、本当にやめたほうがいいですよ♪」

 コメントの勢いは当初の想定よりも激しく、軽く五十件を超えていた。流れるコメントを追っていると、合間に普通のメッセージが入っている。作戦を全く知らずに誕生日メッセージを送った人は、溢れるマルチ商法の指摘コメントを見てさぞ驚いているだろう。コメントの勢いがおかしいことに気づいたのか、夜中にも関わらず入里から返信が来る。

 「吉井さんお久しぶりです。誰から聞いたかは知りませんが、私はマルチ商法なんてやってませんよ☆」

 すかさず吉井が返信する。

 「ええっ、そうなんですか?それじゃこれは何ですか?」

 コメントには、済が渡した動かぬ証拠、「会社のイベント」といってアメリカに行った時のセミナー写真と、そこに写っていたロゴを拡大した画像が添付されていた。
 それがトリガーとなり、他のユーザーも次々と証拠写真を貼り付けていく。入里のタイムラインはさながら同じ写真で荒らされたような状態になっていた。画面に溢れるNatureVantage、NatureVantage、NatureVantage……。

 「確かにマルチですけど、他と違って危なくないですよ(*^_^*)」

 と、入里が拙い反論をしていたものの、コメントの勢いが激しすぎるためすぐ埋もれ、全く意味はなかった。その後彼女から返信が来ることはなく、一時間ほどで投稿は非公開設定になった。済が見たところ、その時点でコメントの数は三百を超えていた。入里は思ったよりも多くの人を怒らせていたらしい。

 「アカウント非公開にして逃げたか。それにしても思ったより凄い人数だな笑」
 「済の大衆扇動力の賜物だろう。前に送ってた煽り文が結構効いてるみたいだぞ。」

 新城から協力を取り付けた後、作戦を思い付いた人間の紹介が必要だろうということで、済は団体で使っているDiscordサーバーに呼んでもらったのだった。そこで済は、

 「東西大学出身、大日本データ勤務の青山済と申します。私が皆様に今回ご協力願いたいのは、選民思想に毒され、会社員として日々社会に貢献している我々を常日頃攻撃している者に対する天誅でございます。今回のターゲット入里麻里奈は、私に対して『既存のレールに乗っている人間には価値がないのだ。』と攻撃をしてきました。またこれです。こうした選民思想に毒された意識高い系の一部は、いつも我々をこういった形で攻撃してくるのです。何故誰に迷惑を掛けて生きているでもない我々が、このように攻撃されねばならんのでしょうか。そして今回、彼女がマルチ商法を行っているという確かな証拠が出てきました。これは彼らに一矢報いるチャンスです。選民思想に溺れるものは、別の選民思想によって痛い目に遭わされるということを、今こそ知らしめるのです。労働者たちよ!立て!!」

 というコメントを残し、会員を煽ったのだった。

 時刻は夜一時。攻撃開始からわずか一時間しか経っていなかったが、極度の興奮状態だったため三時間は経っているように感じられる。それにしても非公開にするとはつまらんな、と思いながらメッセージをやり取りしていると、吉井が

 「おい、これ見てみろ。」

 とURLを送ってきた。

 済はその先で、炎が燃え広がる様を見た。
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登場人物紹介

青山済 東西大学出身、大日本データ勤務のSE。マルチ商法信者にFacebookで絡まれるが、黎明期のインターネットで培った特定スキルと祭りスキルで相手を再起不能にする。ところが、それをきっかけに現在進行系で危険な団体と絡んでいることを知ることになる。

吉井大介 東西大学出身、帝国化学勤務の研究者。済とは学生時代の同期であると共に、インターネット黎明期に特定祭りに参加していた「特定班」だった。マルチ商法女再起不能作戦に協力したり、危ない団体にスパイとして潜り込んだりと、様々な面でサポートしてくれる存在。大阪で二人の同期、山崎が新興宗教にハマっていることを知るが...。元ラグビー部の動けるぽっちゃり。


杉永陽子 東西大学出身、毎朝テレビの記者。済とは学生時代、一緒に政治活動をやっていた仲。両親共に共産党員で、子供の頃からデモに行っていたバリバリの左翼サラブレッド。済のマルチもどき団体吊し上げ会に参加するが、これをきっかけに妹が怪しい自己啓発セミナーにハマっているのではないかと疑う。

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