第58話 バイオ・テロ
文字数 2,170文字
「Fuck you 。ぶち殺すぞ……ゴミめら……!!」
島村の豹変ぶりに、ステージに詰め寄っていた数百の会員が一瞬静かになった。その隙を突き、島村は話し続ける。
「大した学歴も将来の目標もないお前らに、夢と希望を与えてやったのは誰だ!サークルだろうが!俺だろうが!お前ら、うすうす自己投資が搾取のシステムだって分かってたんだろ?なのに続けてたのは、サークルの活動が楽しかったんだろう。毎日出掛けてナンパして、土日は仲間とセミナーに行って。師匠の店から買い込みしただけで皆に褒めてもらえて。そんな場所が他にあったか!?あるわけないだろうが!お前らみたいなアホどもはなあ、俺達くらいしか受け入れてやれないんだよ!それを思えば、月十五万くらい安いもんだろうが。」
島村は一気にまくし立てると、決定的な一言を発した。
「お前らに返す金!?残っちゃいねえよ。ぜーんぶ北朝鮮に送ってやったから安心しろ。」
これをきっかけに、ステージ前のボルテージは一気に上昇した。
「ふざけんな!!」
長身の男がステージに上がろうとする。あの西郷隆盛似の顔はよく覚えている……ターリーだ。ところが誰かに静止されている。師匠のこしじが脇に立っていたのだ。次の瞬間、ターリーの怒りがそちらに向かったのが見えた。洗脳が深い分、目覚めた時の絶望もまた深い。
「うるせぇっ!お前も知ってたんだろ!なあおい!!」
ターリーは激昂すると、こしじの首を締め上げた。こしじの首筋や顔の血管が浮き出て、顔色がみるみる紅潮する。ターリーは完全に理性を失っていた。これを見た群衆も後に続く。数人がこしじを殴り、蹴りつけ始めた。サンドバッグ状態になったこしじは既に動かなくなっており、ターリーが手を離すと床に転がった。そこにも周りから追い打ちが入る。
これを遠巻きに見ていた会員たちも、男女関係なく動き始めた。そこらじゅうで師匠へのリンチが始まった。男は素手や蹴りで、女は椅子で襲いかかっている。女性の師匠もターゲットにされ、怒りが爆発した女性会員に髪の毛をむしり取られていた。ステージ裏から見える会場はまさに地獄絵図だった。まるで数千の虫が共食いをしているようだ。
幕張メッセを暴力が支配するのを吉井が呆然と見ていた時、頭上に違和感を覚えた。師匠に暴行を加える会員たちの頭上に小型ドローンが浮かんでおり、よく見るとスマホをぶら下げている......こんなことをするのは済しかいない。あのキャリーバッグにはドローンが入っていたのか。
「二人とも、すぐ逃げて!!」
陽子からメッセージが来たのは、ドローンに気付いてすぐのことだった。そりゃ大変なことになってるからなと思い、メッセージを返そうとすると、ステージ上から聞こえた大声のほうに気を奪われた。
「くそーーーーっ!!死ね!!」
ステージ上に、腕をめちゃくちゃに振り回しながら島村に向けて全力疾走している男がいた。市村だった。もはや誰も止めるものはいない。ドタドタと足音を立てながら走る市村が、島村にあと数歩まで近付いた瞬間、何かが砕ける音とうめき声が同時に聞こえた。
「グェッ」
市村がその場にうずくまる。島村が黒いものを持っていた。特殊警棒だ。島村はタキシードの内ポケットに忍ばせておいた特殊警棒を伸ばし、市村の肩を強打したのだった。
特殊警棒は肩口にめり込み、鎖骨を砕いた。
島村は、なおも警棒を市村に振り下ろした。市村は意外にしぶとく、首元や脇腹に警棒を喰らいながらもどこかへ逃げようと地面を這い回る。しかし、棒の先がめり込むほどの力で島村が後頭部を殴り付けると、市村は全身を痙攣させた後動かなくなった。
市村を滅多打ちにした後、島村は再びマイクを握り、全員に向かって煽り始めた。
「お前らはな!全員クズだ!このまま生きてたって何の意味もない、ただ野垂れ死ぬだけどゴミ虫どもだ!だが安心しろ、俺がお前らに素晴らしい使命を準備してやった。いいことを教えてやろう……ここにいる奴は、皆死ぬ!」
島村は最後にひときわ大きく「皆死ぬ!」と叫んだ。これを聞き、師匠をリンチしていた会員の手が止まる。
「今日入り口で配っていた幹細胞サプリを飲んだだろう。だがな、あれはサプリなんかじゃねえんだ。あれはな……。」
島村が恐ろしい一言を叫んだのと、吉井が陽子のメッセージを開いたのは同時だった。
「天然痘の培養液だ。」
「天然痘を培養しているかもしれないの。」
陽子のメッセージにはこう書かれていた。
「番組に出てた北朝鮮の専門家と話をしていたら、たまたま細菌兵器の話になって。天然痘が撲滅された後、一般的にはロシアとアメリカだけがウイルスを保管していると言われてる。でも、これは確実な情報ではないんだけど、北朝鮮も天然痘のウイルスを持っていると言われているらしいの。もしも北朝鮮の天然痘ウイルスが科学の道に渡っていて、それを幹細胞の培養という名目で培養しているとしたら。サークルが急に組織の拡大を優先したのが、バイオテロのためだったとしたら……。大変なことになる。」
その大変なことが、幕張メッセで起きていた。
島村の豹変ぶりに、ステージに詰め寄っていた数百の会員が一瞬静かになった。その隙を突き、島村は話し続ける。
「大した学歴も将来の目標もないお前らに、夢と希望を与えてやったのは誰だ!サークルだろうが!俺だろうが!お前ら、うすうす自己投資が搾取のシステムだって分かってたんだろ?なのに続けてたのは、サークルの活動が楽しかったんだろう。毎日出掛けてナンパして、土日は仲間とセミナーに行って。師匠の店から買い込みしただけで皆に褒めてもらえて。そんな場所が他にあったか!?あるわけないだろうが!お前らみたいなアホどもはなあ、俺達くらいしか受け入れてやれないんだよ!それを思えば、月十五万くらい安いもんだろうが。」
島村は一気にまくし立てると、決定的な一言を発した。
「お前らに返す金!?残っちゃいねえよ。ぜーんぶ北朝鮮に送ってやったから安心しろ。」
これをきっかけに、ステージ前のボルテージは一気に上昇した。
「ふざけんな!!」
長身の男がステージに上がろうとする。あの西郷隆盛似の顔はよく覚えている……ターリーだ。ところが誰かに静止されている。師匠のこしじが脇に立っていたのだ。次の瞬間、ターリーの怒りがそちらに向かったのが見えた。洗脳が深い分、目覚めた時の絶望もまた深い。
「うるせぇっ!お前も知ってたんだろ!なあおい!!」
ターリーは激昂すると、こしじの首を締め上げた。こしじの首筋や顔の血管が浮き出て、顔色がみるみる紅潮する。ターリーは完全に理性を失っていた。これを見た群衆も後に続く。数人がこしじを殴り、蹴りつけ始めた。サンドバッグ状態になったこしじは既に動かなくなっており、ターリーが手を離すと床に転がった。そこにも周りから追い打ちが入る。
これを遠巻きに見ていた会員たちも、男女関係なく動き始めた。そこらじゅうで師匠へのリンチが始まった。男は素手や蹴りで、女は椅子で襲いかかっている。女性の師匠もターゲットにされ、怒りが爆発した女性会員に髪の毛をむしり取られていた。ステージ裏から見える会場はまさに地獄絵図だった。まるで数千の虫が共食いをしているようだ。
幕張メッセを暴力が支配するのを吉井が呆然と見ていた時、頭上に違和感を覚えた。師匠に暴行を加える会員たちの頭上に小型ドローンが浮かんでおり、よく見るとスマホをぶら下げている......こんなことをするのは済しかいない。あのキャリーバッグにはドローンが入っていたのか。
「二人とも、すぐ逃げて!!」
陽子からメッセージが来たのは、ドローンに気付いてすぐのことだった。そりゃ大変なことになってるからなと思い、メッセージを返そうとすると、ステージ上から聞こえた大声のほうに気を奪われた。
「くそーーーーっ!!死ね!!」
ステージ上に、腕をめちゃくちゃに振り回しながら島村に向けて全力疾走している男がいた。市村だった。もはや誰も止めるものはいない。ドタドタと足音を立てながら走る市村が、島村にあと数歩まで近付いた瞬間、何かが砕ける音とうめき声が同時に聞こえた。
「グェッ」
市村がその場にうずくまる。島村が黒いものを持っていた。特殊警棒だ。島村はタキシードの内ポケットに忍ばせておいた特殊警棒を伸ばし、市村の肩を強打したのだった。
特殊警棒は肩口にめり込み、鎖骨を砕いた。
島村は、なおも警棒を市村に振り下ろした。市村は意外にしぶとく、首元や脇腹に警棒を喰らいながらもどこかへ逃げようと地面を這い回る。しかし、棒の先がめり込むほどの力で島村が後頭部を殴り付けると、市村は全身を痙攣させた後動かなくなった。
市村を滅多打ちにした後、島村は再びマイクを握り、全員に向かって煽り始めた。
「お前らはな!全員クズだ!このまま生きてたって何の意味もない、ただ野垂れ死ぬだけどゴミ虫どもだ!だが安心しろ、俺がお前らに素晴らしい使命を準備してやった。いいことを教えてやろう……ここにいる奴は、皆死ぬ!」
島村は最後にひときわ大きく「皆死ぬ!」と叫んだ。これを聞き、師匠をリンチしていた会員の手が止まる。
「今日入り口で配っていた幹細胞サプリを飲んだだろう。だがな、あれはサプリなんかじゃねえんだ。あれはな……。」
島村が恐ろしい一言を叫んだのと、吉井が陽子のメッセージを開いたのは同時だった。
「天然痘の培養液だ。」
「天然痘を培養しているかもしれないの。」
陽子のメッセージにはこう書かれていた。
「番組に出てた北朝鮮の専門家と話をしていたら、たまたま細菌兵器の話になって。天然痘が撲滅された後、一般的にはロシアとアメリカだけがウイルスを保管していると言われてる。でも、これは確実な情報ではないんだけど、北朝鮮も天然痘のウイルスを持っていると言われているらしいの。もしも北朝鮮の天然痘ウイルスが科学の道に渡っていて、それを幹細胞の培養という名目で培養しているとしたら。サークルが急に組織の拡大を優先したのが、バイオテロのためだったとしたら……。大変なことになる。」
その大変なことが、幕張メッセで起きていた。