第62話 日銀、炎上

文字数 2,587文字

 三井アウトレットパークを出たサークル会員達は京葉道路に飛び出し、西へと向かい始めた。アウトレットにも百人程度の機動隊が集まっていたが、五千人を超える暴徒になすすべもなく蹴散らされた。

 京葉道路を西に進んだ先にあるのは、言わずもがな東京である。東京では元々警報が出ていた江戸川区、葛飾区に加え、二十三区全域に避難警報が発令された。路上から車や人が消え、JRや地下鉄も運行を完全停止した。首都機能が止まった瞬間だった。

 サークル会員達はあらゆる暴力と略奪を尽くしながら進んだ。住居のガラスは割られ、店の商品と売上は盗まれ、至るところに酒の空き缶や空き瓶が捨てられた。あらゆるところに糞小便が垂れ流され、その様子もテレビで中継された。上空からその様子を見ていると、まるでもののけ姫のタタリ神のようだった。

 三時間ほど経つと、サークル会員達は江戸川近くに到達した。この川を越えられると、彼らが東京に到達してしまう。

 勿論これを警察が黙って見ているはずはなく、サークル会員達が妙典橋に差し掛かると、機動隊がその前に立ちはだかった。警備車両を横に停めて橋を塞ぎ、その後ろに千人の機動隊員が並んでいる。ガスマスクと盾を持った機動隊員が並んでいる様子は、まるでディストピアSFのようだった。

 五千人のサークル会員は一瞬止まったが、すぐに橋を渡り始めた。彼らはまるで蟻のように警備車両に群がり、「かーね!かーね!」という掛け声とともに押し倒した。集団は横倒しになった車両の上を進み、機動隊とぶつかったが、死を宣告された亡者達は強かった。機動隊との押し合いになったが、数の力で機動隊員を将棋倒しにすると、それを踏みつけてさらに西へ進んだ。機動隊員と押し合いをした際に倒れた会員も踏まれ、数百人が圧死したが、全く意に介していなかった。後には死体の山が残された。

 済はこの中継を見ていたが、彼らが向かう先についてある仮説が浮かんだ。

 「金の亡者が向かう先……もしかして、あそこか!?」

 三時間後、その仮説が正しいことが証明された。

 ◇

 サークル会員達はなおもあらゆるものを破壊しながら行軍を続け、夜が明けた頃には中央区日本橋に到達していた。彼らはここで初めて速度を緩め、あるところで止まった。彼らが立ち止まったのは……日本橋三越の裏にある石造りの建物、日銀本店の前だった。「金さえあれば何とかなる」という教えが極限状態の彼らに浮かび、日本の金を支配している場所、日銀へと向かわせたのだろう。

 彼らはどこかから持ってきた丸太を持ち、日銀本店の玄関に打ち付け始めた。

 「かーね!かーね!かーね!かーね!」

 金の亡者らしいコールと共に丸太が何度も打ち付けられ、日銀の重厚な扉が徐々に動く。十回目の攻撃で扉は完全に破壊され、暴徒が中に侵入した。

 全員が中に入った頃、済に吉井からメッセージが来た。

 「おい、ヌポポさんの配信見てみろ!」

 ヌポポさんというのはアングラ・サブカル系のニコ生主で、日蓮学会やエホバの塔といった新興宗教や、フリーメーソンといった秘密結社に潜入する配信で有名だった。済も有料チャンネルに登録している。彼のニコニコチャンネルを開いたところ、写ったのはビルの内部のようだったが、流れてきたコメントに驚いた。

 「サークルに潜入してたとかすげー!」
 「これが日銀内部か」

 何と、ヌポポさんもサークルに潜入していたのだった。ここまで付いてきたところを見ると、恐らくあの天然痘サプリを飲んでしまったのだろう。これが人生最後の配信というわけだ。同じく死ぬ運命にあるからだろうか、Youtuberと違ってヌポポさんの配信は許されている。

 全員が日銀に立てこもってすぐに、日銀の周囲を警察と自衛隊が囲み始めるのがヘリからの中継に映った。人数は確認できないが、日銀、三越、コレド日本橋周辺を制服と迷彩服が埋め尽くしている。前回よりも人数が多いのは間違いない。人員の集合が終わると、警備部長が拡声器を取り出し、呼びかけ始めた。

 「日銀に閉じこもっている諸君、君たちは包囲されている。誤って天然痘を飲んでしまったようだが、天然痘については昨年治療薬が米国で承認され、米国が提供してくれることが先程決まった。大人しく出てきなさい。」

 天然痘については、TPOXXという薬がテロ対策のために開発され、昨年承認されていた。島村の発言は古い情報によるものだったのだ。

 警備部長の発言を受けて、「助かった」という反応になるかと思われたが、実際は真逆の反応が起こった。何しろこれまで、近々死んで全てが帳消しになる前提で暴れまわってきたのだ。ヌポポさんの配信には、サークル会員達が戸惑う様子が映し出されていた。

 「おいおい、助かるなんて聞いてないぞ!盗みもやったし女も襲っちゃったよ!」
 「くそっ、島村め殺してやる!」
 「昨日殺しただろ!」
 「とにかくこのまま捕まったら間違いなく逮捕されるぞ……俺たち前科者だ。」

 様々な発言が飛び交う中、一人がボソッと言った。

 「……もういいんじゃないか。色んなところに盗みに入って、バッグの中には今まで触れたこともない札束が入ってる。日銀も占拠して、すぐに大金を掴める状態になった。俺達は、人生の目的である、大金を手に入れることに成功したんだ。このまま生きてても金を奪われて、前科者として生きてくだけだぞ。俺は金を掴んだまま死にたい。金持ちのまま死にたい。」

 あちこちから同意の声が上がり、しばらくしてあちこちで刃物が持ち出された。数人が首筋に刃物を立て、ためらうことなく滑らせると、柱のように血が飛び出した。それをきっかけにあちこちで自殺が始まり、さらにその後、どこからか火の手が上がった。

 消防車が駆けつけたものの、火はあっという間に建物を覆い尽くし、その日、日銀は全焼した。

 撲殺された師匠陣:千人
 行軍の途中で圧死した者:五百人
 日銀で自殺したもの、及び焼け死んだもの:五千五百人

 今回起きたサークルの事件は、史上最悪の新興宗教、自己啓発セミナー、マルチ商法による被害であると共に、人民寺院の九百十八人を超える、史上最大の集団自殺事件となった。
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登場人物紹介

青山済 東西大学出身、大日本データ勤務のSE。マルチ商法信者にFacebookで絡まれるが、黎明期のインターネットで培った特定スキルと祭りスキルで相手を再起不能にする。ところが、それをきっかけに現在進行系で危険な団体と絡んでいることを知ることになる。

吉井大介 東西大学出身、帝国化学勤務の研究者。済とは学生時代の同期であると共に、インターネット黎明期に特定祭りに参加していた「特定班」だった。マルチ商法女再起不能作戦に協力したり、危ない団体にスパイとして潜り込んだりと、様々な面でサポートしてくれる存在。大阪で二人の同期、山崎が新興宗教にハマっていることを知るが...。元ラグビー部の動けるぽっちゃり。


杉永陽子 東西大学出身、毎朝テレビの記者。済とは学生時代、一緒に政治活動をやっていた仲。両親共に共産党員で、子供の頃からデモに行っていたバリバリの左翼サラブレッド。済のマルチもどき団体吊し上げ会に参加するが、これをきっかけに妹が怪しい自己啓発セミナーにハマっているのではないかと疑う。

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