赤い石鹸
文字数 3,148文字
金沢さんはこの工場で30年も勤務しているベテランのパートさんだ。
ある意味パートの中ではお局様のような存在で、私のように去年から勤務している存在が逆らえるような相手ではない。
実際さっきの質問も金沢さんの肌が綺麗になったとは思わなかった。
20代前半で自分でも美人だと思っている私からすれば、金沢さんの努力が滑稽に思えた。
いや、実際は何もわかっていません。
肌も年相応な感じだと思います。
本音ではそう思っているが、さすがにそんな事は言えない。
その言葉を聞いて、金沢さんはご満悦な顔をしている。
本当の私はそんな事は全く思っていないのに。
やっぱり、この歳になるとテレビの情報がメインになるのか……。
たぶん水素水が入っているとか、マイナスイオンの効果があるとか、怪しげなセールスポイントを鵜呑みにしているんだろうな。
また心にも無いことを私はペラペラと。
どうせ肌が綺麗になったと思っているという思い込みだと思いますよ。
たぶん値段も高くて、自分でそう思わないと損をした気持ちになってしまうんじゃないかな。
プラシーボ効果で実際に少しは肌が綺麗になれば救いはあるけど。
その成分の所が重要なんじゃないですか!?
しかもこの赤い石鹸が暖色系の色だったら赤でもあまり気にはならないけど、この赤はやたらとくすんでいて嫌な赤い色をしている。
* * * * * * *
―――仕事を終えて家に着いた。
バックを開けると金沢さんから貰った赤い石鹸が凄く自己主張をしている。
捨てようと思ったが、金沢さんに使った感想を聞かれたら困るので一回くらいは使ってみようと思った。
浴室に入りシャワーを浴びて、早速赤い石鹸を使ってみる。
赤い石鹸を擦り泡立てると薄いピンクのきめの細かい泡になった。
何か本当に肌に良さそうな気がしてきた。
まんざら金沢さんの言葉も嘘ではないのかも。
私は少しウキウキした気持ちで、赤い石鹸の泡で体を洗い始めた。
体の隅々まで洗っていると不思議な事に気付いた。
最初は薄いピンク色だった泡が、今は少し赤みを増している。
ちょうど腕を洗っていた場所に痛みが走った。
その痛みはまるでカミソリで切られたような痛み。
私はあまりの痛みに浴室の中に座り込んでしまった。
すると浴室のマットとお尻が触れた瞬間、さっきと同じカミソリで切られた痛みがお尻に襲いかかった。
耐えることのできない痛みに私は倒れる。
すると今度はマットに触れた体の肌の部分全てがカミソリで切り刻まれるような痛みだった。
痛みでもがき何かに触れる度、切り刻まれる痛みが走る。
そしていつの間にかピンクだった泡は真っ赤な泡に変わっていた。
この赤い石鹸の泡に原因があると思い、シャワーを浴びて泡を流そうと思ったが体中から切り刻まれる痛みでシャワーに手を伸ばす事もできない。
私は必死な思いで助けを呼んだ。
自分では大きな声で叫んでいるつもりだが、痛みのせいで大きな声が出せない。
このままでは私はこの赤い石鹸の泡に切り刻まれて殺される。
そう思った瞬間、ガッチャっと家の玄関のドアが開く音がした。
鍵を締めたはずなのに、どうして簡単に家の中に入って来たのだろうと思ったが、今はそれより助けに来てくれた事に喜んだ。
家に入って来た人物の足音が浴室の方へ近づいてくる。
そして浴室のドアが開いた。
そこに立っていたのは金沢さんだった。
* * * * * * *
私は必死に金沢さんに懇願した。
すると金沢さんは不敵な笑みを浮かべ、私を見下すように見つめる。
ど、どういうことなの?
金沢さんは私の心の中がわかるの?
そんなチャンネルなんて聞いたことがない。
いや、そんなチャンネルなんて存在するはずがない。
金沢さんは何を言っているの?
そんなバカげた事を言わないで早くシャワーで泡を流して……。
悪魔なんて信じられる訳ないでしょ。
このオバサンはイカれてる。
な、何? まさか今までの話は全て本当だというの……このままでは私は殺されるの!?
そ、そんなのは嫌!!
金沢さんがそう言い終えると赤い石鹸の泡が私の覆い尽くした。
そして体中からカミソリでなくナイフで体をえぐり取られるような痛みに襲われた。
私の体が切り刻まれ小さくなっていく。
体は細切れになり、細胞の全ては切り刻まれ、そして私は消滅してしまった。