黒い林檎

文字数 4,460文字

人間は禁断の果実を食べ、エデンの園から下界へ落とさせた。

その禁断の果実は、赤い林檎だった。

そして、私の目の前にあるのは『禁断の果実』と呼ばれる林檎だ。

しかも漆黒のように黒い林檎

この黒い林檎を食べた場合は、どうなるのだろうか?

人間の好奇心とは、底しれぬ化け物だと私は思っている。

見てはダメだと言われれば、見てしまい。

触ってはダメだと言われれば、触ってしまう。

抗いようがない好奇心のおかげで、人類はここまで文明が発展したのかもしれない。

しかし、その代償も計り知れないだろう。

私は田沼誠司という考古学者だ。

そんな私の家に突如、この黒い林檎が届いた。

住所と差出人の名前があったが、見に覚えがないため調べると、住所は存在しない、名前も偽名なのか確認が取れなかった。

木箱の中に新聞紙をクッション材のように使い、黒い林檎を保護するかのように入ってあった。

木箱の底には手紙が入っており、そこにはこう書かれていた。

『これは禁断の果実です。この黒い林檎を食べたいと思ってはいけません。』

禁断の果実……、まるで神話のような馬鹿げたフレーズで、私をからかっているのかと思った。

食べるなと言われると食べたくなるもので、私は小一時間この黒い林檎を眺めていた。

そして、こう思ってしまった。



食べたい‼️






ふと右手を見ると、何故か果物ナイフを握っていた。

私はキッチンには行っていない、というか黒い林檎を眺めているだけで椅子からも立っていない。

私は自分の行動に困惑しているというのに、体は自然と黒い林檎を左手で掴み、果物ナイフで剥き始めた。

自分の意志で手を止めようとしても、止まる気配がなく淡々と黒い林檎を剥き続ける。

剥き終わると黒い林檎を6当分に切り分け、その1つを口の中に入れようとしている。

私はただならぬ危険を感じ、自分の体に抗った。

しかし、私の意志を反し、私は黒い林檎を口の中に入れてしまった。

そして、黒い林檎を咀嚼し始める。

甘く芳醇な味わいが口の中に広がる。

私は黒い林檎の味わいを堪能しながら、神話の結末を思い出した。

林檎を口にしたアダムとイヴは神の怒りに触れ、下界に落とされたという。

その神話の下界というのは、私が住んでいるこの世界の事だ。

そうなれば、黒い林檎を食べた私はどこに落とされるというのだろうか……。

黒い林檎という見た目からして、不吉な場所の可能性が高いと私は連想した。

そのとき、足元に違和感を感じる。

床が柔らかいゼリーの上に立っているような不思議な感覚で、足が床の奥へと徐々に沈む今までに経験したことのない感覚。

足元を見ると、私の足が少ずつ床に吸い込まれている。

もがいて出ようとしても、触るものが全てゼリーのように柔らかく、どこにも掴む事ができない。

無駄なあがきを繰り返すばかりで、沈む進行は変わらない。

ついには首から下は床に沈んでしまった。

私はどこに落とされるというのだろうか……。

それよりも、この黒い林檎は一体何なのだ。

私の家に勝手に届けられ、自分の意志に反し、体が勝手に黒い林檎を食してしまった。

確かにこの黒い林檎には興味はあった。

食べたいとも思った。

だが、食べたのは私の意志ではない。

そのような自問自答を繰り返す内に、私の体が全て床の奥へと吸い込まれてしまった。

私はどうなったなのだ? ここはどこなのだろう?

その瞬間、私の意識は閃光のように弾け飛んだ。







私は徐々に意識を取り戻す。

眩しくて目を開くことさえ辛い、そしてこの浮遊感は何だろうか?

いや、浮遊しているのではなく、落下している。

凄まじいスピードで落下している。

まるでスカイダイビングをしているかのようだ。

真下に視線を向けると、白い何かが見える。これは雲だ。

私は雲の上から凄まじいスピードで落下している。

その勢いのまま雲の中に入ると、体中に激痛と寒さが私を襲う。

雲を抜けるとその下には町並みが見える。

見覚えのある町並み、そこは私の住んでいる町だ。

私は床に沈んでいると思っていたが、いつの間にか私の家の遙か上空から落下していたのだ。

地面が猛スピードで迫ってくる。

みるみる地面が近くなる。

私は迫りくる落下死に、心臓を切り刻まれるような恐怖が私を襲う。

そして私は何も出来ず、そのまま地面に落下してしまった。

私の体は落下の衝撃で、無残な姿になった。

血や肉片は周辺に飛び散り、原型をとどめていない。

すると、私の赤黒い血や肉片が少しづつ集まり、1つの物体に形を形成し始める。



それは、黒い林檎だった。

その黒い林檎に近づく人影がある。

その人影は運送会社の制服を着ており、手には木箱を持っている。

そして、黒い林檎になった私を掴むと、クシャクシャな新聞紙が入った木箱の中に黒い林檎を押し込めた。

その人物はどこかへ迎い、インターホンを鳴らした。

扉を開け、立っているのは私だった。

そして、木箱を受け取ったもう一人の私は、先程の私と同じ行動をとる。

そして、黒い林檎になった私の皮を果物ナイフで剥ぎ取る。

その痛みは人間の皮膚を刃物で剥ぎ取られる程の激痛だ。

私はその後に行われる、林檎を6当分に切り割けられる事や、口の中で咀嚼される痛みを想像すると、気絶しそうになった。

それ以上にこの悪夢は、永遠に繰り返されるのでないかと思った。

それは今から黒い林檎を食べる、もう一人の私もこれからそう感じるかもしれない。

そう思うと、私はこの苦痛から逃れるため、自分の存在を消したいとさえ思えた。

これは黒い林檎を食べたいと思った、私への罰なのだろうか……。

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