思い出が消えてゆく
文字数 1,764文字
彼女がいなくなった―――。
同棲して一年を迎えようとしていた。
仕事を終わらせ寄り道もせず、彼女も居るはずの自宅へ向かう、いつものルーティン。
玄関のドアを開けると、笑顔の彼女が「おかえりなさい」と迎えてくれる。
ダイニングテーブルの上には、準備中の夕食の料理が並んでいる。
ボクは帰宅後、すぐにお風呂へ向かい一日の汗を流す。
体を乾かし、サッパリした気持ちでリビングに向かうと……。
彼女がいなくなっていた。
調理中の料理、さっきまで彼女がそこにいるような感じだった。
最初はあまり思い詰めた感じではしなかった。
しかし、30分経っても彼女は家に戻ってこない。
スマホにも何のメッセージもない。
そこで初めて事の重大さに気付き、家を飛び出し近所を探し回った。
* * * * * * *
朝日が徐々に登る。
しかし、彼女は見つからない。
もしかしたら行き違いで、彼女が自宅に帰って来てるのではと思い自宅に戻った。
やはり、彼女の姿はなかった……しかし。
ダイニングテーブルの上にあるはずの、調理中の料理が全て消えていた。
彼女が戻り片付けたのかと思ったが、それにしては何か様子がおかしい。
各部屋をくまなく探すが彼女の姿はやはりなかった。
その後、彼女との出会いが詰まったカフェに向かった。
同棲中も彼女は今もそこで働いていた。
ボクがお客で彼女が定員という関係で、常連のボクが徐々に彼女に惹かれていった感じで、交際が始まった。
カフェに着くと、ボクは店長に彼女がいなくなった事を告げた。
店長が不思議そうにボクに告げる。
そのような女性は、このカフェで働いていないというのだ。
店長を問い詰めるように説明するが、やはり彼女の事は知らないと言う。
ボクは頭の中が整理できないまま自宅に戻った。
部屋に入り異変に気付く。
彼女のモノが全てなくなっている。
服・化粧品・バック、彼女の様々なモノが全てなくなっているのだ。
しかし、ボクの持ち物や共有していたモノは、そのまま残されていた。
―――いや、ボクのモノが一つだけなくなっていた。
彼女と一緒に使っていた、おそろいのコーヒーカップ。
そのカップは交際の記念として、彼女の働いていたカフェで購入したものだった。
ボクの中で本当に彼女と同棲していたのかと、不安になってしまった。
しかし、昨日の帰宅時には彼女は自宅にいた。
それは真実のはずだ。
ボクはタンスの奥にある、婚約指輪を探しにいった。
同棲して一年経つと同時に彼女に渡し、プロポーズするために買った指輪だ。
タンスの奥に指輪のケースを発見する。
ボクは安堵し、指輪のケースを開けると、指輪はなかった……。
ボクは落胆し、その場に跪く。
もしかしたら、ボクは彼女に騙されていたのか?
指輪を盗み、逃げ出したのかもと思った。
しかし、料理の消失やカフェでの出来事など、不可思議な点が多すぎる。
それにボクは彼女の、両親や友人など知らない。
というよりは、その事を聞くと彼女にはぐらかされていた。
ボクは何を思ったのか、婚約指輪のケースをポケットに入れ、財布だけを持ち購入した店へ向かった。
店に着き、店員に婚約指輪のケースを見せようとすると、ポケットに入っていたはずの、ケースがなくなっていた。
店員に婚約指輪の事を尋ねると、そもそもボクはこの店で婚約指輪などを買っていないという。
ボクは途方に暮れる。
一体、彼女とボクの間に何が起こっているのかと……。
そのとき不意に、彼女の顔を思い出せなくなった。
どんな顔だろうと、思いだそうとしても思い出せない。
ボクは財布に挟んである、彼女とのツーショット写真を取り出した。
そこには彼女の姿はあった、しかし……彼女の顔だけが消えていた。
ボクは恐ろしくなってきた。
理解し難い現実が、ボクと彼女を中心に起こっている。
彼女との写真を握りしめ、落胆しながら自宅のドアを開けると、そこには何もなかった。
テーブル、椅子、ベッド、何もかもがなくなっている。
引っ越し後の部屋のように……。
部屋に入り呆然とし、途方に暮れる。
すると、ガシャっと玄関のドアが開いた音がした。
ボクは彼女かと思い振り向く。
そして、ボクの存在が消えた。
握りしめられ、クシャクシャになった写真には、ボクと彼女の姿はなかった。
そして、地面に落ちた写真を、若い女性が拾い上げる。
その左手の薬指には、ボクが買った婚約指輪がはめられていた。