車輪様

文字数 1,896文字

仕事である地方まで来た。


しかし、カーナビ通りに進んでいくと、かなりの田舎の方まで来てしまった。


そして今は、両側が田んぼばかりの農道を車で走っている。


100メートル先の十字路の交差点に信号機が設置されていた。


こんな交通量が極端に少ない農道に、何故こんな立派な信号機が設置されているのだろうと不思議に思った。


そしてタイミングが悪いことに、僕が交差点に近づく頃、信号機のライトが黄色になり、赤へと変わった。


僕は車を減速させ、車を停車させた。


別に急いでいる訳ではなかったが、交差点の周りも田んぼで埋め尽くされ、とても見晴らしは良く、左右の道路からも車は一台も見当たらなかった。


そのとき僕は魔が差して、目の前の信号が赤なのに車のアクセルを軽く踏んだ。


ほんの1・2分くらい待てば信号は青に変わっていたと思う。


しかしそのときは、車も来ていないし、誰も見ていないから信号無視をしても問題ないだろうと軽い気持ちでいた。


車はゆっくりと進み、交差点の中央に差し掛かったとき異変が起きた。


突如、助手席側から激しい衝突を感じたのだ。


一瞬の出来事で理解が追いついていなかったが、まるで大型トラックに猛スピードで衝突されたかのような衝撃を感じた。


その瞬間、私の本能が危機を回避しようと抗ったのか、脳がフル回転し視界に映るモノ全てがスローモーションに写り、私の思考もわずか2・3秒の間がまるで2・3分のように物事を考えることができたのだった。


強烈な衝撃で助手席側のドアはくの字に内側へ曲がり、助手席のシートも僕の方へと向かって来た。


車体全体も横回転しているようで、徐々に車が逆さまになって行くのがわかった。


僕の体も衝突の凄まじい反動で、上下左右と激しくバウンドするが、シートベルトを装着しているおかげでシートからはみ出さずにすんでいる。


ハンドルと窓側からはエアバックが一瞬で現れ僕を守ってくれた。


しかし、目の前にエアバックがあるため、僕の視界は極端に狭くなった。


助手席側のシートは先程よりも僕の方へと近づき、割れたガラスの破片や細かい車の部品の破片などが、僕の顔や体に突き刺さり始める。


しかし、アドレナリンも急激に上昇しているのだろうか、本来ならば激痛を感じるはずが、全く痛みは感じない。


まるで部分麻酔をされているような状態で、意識はあるが痛みを感じない不思議な感覚だった。


そのうちに助手席のシートも僕に直撃し、僕の腹部にはシートを固定していたような金属の細長いパーツの先端がグサリと突き刺さる。


その細長いパーツは徐々に僕の腹部の中へと、ジワジワ進行していく。


それを見た僕は何故か冷静に、小腸と大腸がズタズタに引き裂かれているだろうなと、まるで他人事のように思ってしまった。


次第にシート以外の様々な車のパーツが僕の方へと迫って来た。


そして僕の体は少しづつ、原型を留めていられないほど、グチャグチャになっていく。


もう頭部はどんな状態なのかはわからない。


ただ、未だにこうして状態を理解できているということは、脳への損傷はまだないのだろう。


しかし、こうなってしまったら、僕は確実に死ぬだろう。


一体何が僕の車に衝突したのかはわからないが、あの時ちゃんと信号を守って信号無視などしなければこんな事にはならなかったのだろう。


後悔してももう遅い……。


何か意識が遠くなって行くのがわかる。


暗闇に包まれて、死が迫ってくるのがわかる……。


これが死を迎えるということなのか……。







けたたましいサイレンと共に、パトカーと救急車が農道に集合した。


野次馬もポツリポツリと現れる中、一人の若者が不思議そうに小さな声でボソリと喋った。


あの車は何に衝突したんだ……?

その若者は地元の人間ではなく、たまたま仕事でこの近所に来ていて、何かの事故か事件かと思い、この現場を見に来ていたようだった。


その若者の言葉を聞いて、90代くらいの腰のかなり曲がった老婆が若者の質問に答えた。

昔からそこの道は車輪様の通り道なんじゃよ
若者は『車輪様』という聞き慣れない言葉に戸惑いながら、老婆の話の続きに耳を傾けた。
あの信号機は無意味な信号機に思えるが、その車輪様の通過を教えてくれる大切な信号機なんじゃよ。きっとあの車の運転手は地元の人間じゃなかったんだろうなぁ。たぶん信号無視をして車輪様に轢かれてしもうたんじゃ。地元の人間だったら絶対にあの交差点で信号無視などせん。ああなることはわかっとるからのう

若者はその老婆の言葉を迷信だと思ったが、目の前の惨状をみるともしかしたらその『車輪様』に衝突されたのかもと思った。


真相は警察の現場検証でわかると思い、若者はその場をあとにした。


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