第1話 古いLPレコード(一)

文字数 881文字

 その頃でさえ、相当時代遅れだったに違いありません。わたしの家にはレコード・プレーヤーがありました。
 それは大きな箱の形をしていて、いやにかさばって、なんだか骨董品みたいでした。

 LPレコードには大きさの違いがあるのです。
 このレコード・プレーヤーは、標準的なサイズのレコードを聴く場合に限り、自動で針をのせることのできる機能が付いていました。でも、わたしがその頃毎日毎日、いや一日に何回も聴いていたレコードは大盤だったため、自動設定にすると、針が行き過ぎて途中から始まってしまうのです。
 そこで、手動で針を載せなければなりませんでした。

 手動で針をレコード盤に載せるには、ちょっとした技術が要りました。
 前述したように、うちのレコード・プレーヤーはとにかく巨大でした。ですから、そのままでは手が届かないので、台に乗ります。
 次に、いかにも「わたしはスイッチです」と主張しているような、しっかりした

を押します。かなりの力を必要としたような記憶があります。とにかく、その〈ON〉のスイッチを凹ませると、レコード盤がくるくると回転し始めるのです。

 レコードが順調に回転しているのを確かめると、わたしは左手の人差し指(わたしは左利きなのです)の腹で、慎重にレコードの針がついている軸を持ち上げます。それから息を詰めるようにして、回転するレコードの端っこに、そっと針を落とすのでした。

 わたしは自他共に認めるぶきっちょ人間なのですが、このレコードの針落しだけはかなりうまかったと、いささか自負しています。
 今となっては、何の役にも立たない技術ではありますが。

 ジ、ジジ……

 レコード特有の雑音が微かに響くのは、始まりの合図のようなものです。
 するするっと音が立ち昇り、それから空気の中に、ゆっくりと溶けるように広がっていきます。
 LPレコードの音というのは、先ずするするっと立ち昇るのです。まるで色鮮やかな紙テープが(ほど)けて流れるように、音が〈見える〉のです。

 わたしが聴いていたもの。それは、世界の物語でした。
 そして、当時のわたしは幼稚園生でした。

 

 

 
 

 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み