第6話 北林谷栄さんの朗読(二)

文字数 1,885文字

 渥美清さんが朗読する「うさぎどん きつねどん」が、冒頭のタイトルを読むところからして、「さあ、これから愉快なお話が始まるぞ」という雰囲気に充ち満ちているのに対し、北林谷栄さんは逆に、あまり面白くなさそうに読むんです。

 それなのに――

 すっごく面白いんです。

「長靴をはいた猫」のストーリーに関しては、ディズニー映画などでも描かれているし、おそらく皆さんご存知だと思うので、簡単に紹介するに(とど)めます。

 貧しい粉挽き職人が亡くなって、遺産が三人の息子に分配されます。長男は粉挽き小屋を継ぎ、次男は驢馬(ろば)をもらうのですが――

 三番目の息子は、猫いっぴき。

 三番目の息子は、猫いっぴき。北林さんがけっこうつき放した感じで読むこの一言を、わたしはよく覚えています。

 続いて三番目の息子の台詞になるんですが、彼はこの不公平な処遇に怒るかと思いきや、怒りません。
 ただひたすら困っているんです。困っているんだけれど、運命に(あらが)うほどの覇気もないのです。そういう頼りない男を、北林谷栄さんは非常に巧みに表現されるのです。幼稚園生のわたしも、子供心にこういう男と付き合ったりしてはいけないと思ったものです(笑)。

 「この猫を食べちゃって、その皮で●●でも作れば、もう(なん)にもない。何にもなければ、生きていくこともできやしない」

 この三番目の息子、一見大人しそうなくせに、言うことが物騒(ぶっそう)です。

「食べちゃうの、猫を?!」(幼稚園生のわたしのツッコミ)

 見た目草食系で、いかにもやさしそうな感じなのに、実はけっこう冷酷だったりする。そういう人っていますよね。いや、別にわたしの経験とかじゃないですけど!
 とにかく、三番目の息子に対するわたしの評価はだだ下がりです。

「その皮で●●でも作れば」ですが、「●●」の部分がどうしても思い出せません。「靴」か「袋」だったような気はするのですが……。

 でも、「●●」以外の部分は、おそらく間違いないはずです。南ノはよくこれだけ覚えているものだなあ、と皆さんもっと感心して下さってもいいんですよ。ええ、ご遠慮には及びません。
 なんたって幼稚園生でちゅよ、あの時のわたちは!←調子乗り過ぎ

 ここで初めて、猫がしゃべります。おばあちゃんを演じても北林谷栄さんはかっこよかったですけど、この猫も、もう素敵にかっこよかったんです。

 猫は自分を食べる代わりに長靴を作ってくれと三番目の息子に頼みます。言葉つきは確かにお願いしているのですが、実際には要求です。命乞いというようなみじめな感じは、微塵もありません。
 三番目の息子としては、当然意味不明です。食べずにおいてやるばかりでなく、長靴まで作らされるわけですからね。

 ここで、猫は名台詞を口にします。

 あとできっといいことがありますよ。

 あとできっといいことがありますよ。わたしが聴いたお話の猫は、最初から全ての計画を立てているのです。あとは()めるべき場所に、ピースをひとつひとつ嵌め込んでいくだけ。それがこの一言に、見事に集約されています。

 猫、かっこよすぎ!

 それに比べて三番目の息子ときたら! なんかぶつぶつ言ってるんです。猫に長靴なんて、とかなんとか。そのへんのぐだぐだしたところは忘れてしまいましたが、その後で、このお話で繰り返されところの、もう一つの名台詞が出てきます。

 猫がそう言うもんですから……

 本当はやりたくないのですが、猫が言うから仕方なくやるわけです。あまり頭がよくなくて、人生に消極的な三番目の息子のダメ男ぶりがよく表れている言葉ですね(ちょっと言い過ぎ?)

 結局、三番目の息子は、猫に長靴を作ってやります。

 長靴をはいた猫は、立って、歩いて……

 この「立って、歩いて」というところを、北林谷栄さんは独特の間とイントネーションで読みます。

「そうか! 猫はそれまでは四つん這いだったんだけど、長靴を作ってもらったから、そこで初めて二本足で立ち上がったんだ!」

 説明はなくても、わかるのです。北林谷栄さんの朗読の力で!

 この猫が立つシーンは、わたしの中で、アニメ『アルプスの少女ハイジ』の中の「クララが立った!」に勝るとも劣らない名シーンです(世代的にわからない人がいたら、ごめんなさい)。

 そう言えば、まったくの余談になってしまいますが、最近見たテレビドラマ「コントが始まる」の中で、有村架純さんが酔っ払って夜中の公園でブランコをこぎながら、「お、しーえて、お、じ、いーさん」と歌うシーンには爆笑してしまいました。

 閑話休題(それはさておき)
 かなり長くなりましたので、回を改めて後半について書きたいと思います。

 
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