(九・四)土星ステーション

文字数 2,349文字

 ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー……太陽系第六惑星、壮大なるレコード盤を回しながら太陽系宇宙空間にどかっと鎮座したる我らが都、土星ステーション。土の星などではなく土曜日の星なれば、くれぐれも誤解なきように。我ら毎日が来る日も来る日も土曜日、毎晩が土曜日の夜の賑わいと祭りの後の寂しさとでいっぱいの惑星なり。
 我らが壮大なるレコード盤が奏でるは、五感では聴取不可能なる幻の交響楽。そのタイトルこそは『永久』交響楽。但し未完のまま回転し続けること、既に五百六十七万年。そんな我ら土星ステーションがひたすら待ち続けるは、太陽系への救世主の降臨と新世界の到来である。ところがどっこい太陽系は、或る一つの惑星の腐敗と堕落の故に、今や地獄の業火と化しておりまする。誰ぞ、未完の永久交響楽をば完成させる者はおらぬか。一体救世主はなんばしとっとね、さっさと最後の審判をばどかーっとかまさんかい。ほんに腹立つばい、何とかしてはいよ。

 バビブベブー、こちらは土星ステーション。メシヤ567号殿に告ぐ、ようこそ今宵は我らの星へ。永らくの旅の疲れをばお癒し下され。ところで今宵もこの星は夜市の晩、宜しければ心ゆくまでご堪能下さい、では以上、バビブベブー。

 ピポピポピー、これはこれは土星ステーション殿、かたじけなき光栄、こちらはメシヤ567号。生憎まだ救世主は不在にて、失礼をばかましまする。我らの旅も残すところ後僅か、そのうちに救世主も帰還して参り、目指すはYoshiwara駅、最後の審判へと向かわねばなりますまい。まっこと辛き宿命でござる。
 せめて今宵ばかりは気分転換、夏の夜の土曜日の惑星の円盤の上、夜市など巡って参りましょう。みな皆様、ほーら見えて参りましたぞ、まだ夕映えの空の下に広がる、あれが夜市の街灯り。眩しきことは、あの第三惑星Yoshiwara駅のネオンライトの如し。
 先ずは綿菓子屋、ひとつ食してみると確かに甘い。甘いは甘いなれど、同時に妙にほろ苦い。如何なる訳かと店主に問えば、
「へい、実は第三惑星はYoshiwara娼婦の涙でこしらえやした。よってにごう御座います」
 お次は金魚掬い、と思いきや、水槽を覗くとそこには人魚。しかも掬いの網はモナカでなくて紙幣の札束。そいつを投じるや否や、寄って来るわ来るわ人魚共。一体如何な訳かとこれまた店主に問えば、
「へへい、その人魚らは、第三惑星はYoshiwara娼婦で御座います。生きる為とはいいながら、まこと不憫なり。あたしらの元締めがマフィアなれば、尚更のこと」
 それからお面屋、確かにご立派なお面がずらりと並んではいるが、良く見ると狐の面ばかり、しかも更に詳しく見ると女狐。おいおい如何な訳かとまたも店主に問えば、
「へへい、その面らは、第三惑星はYoshiwara娼婦をモデルとした顔ばかり。道理でひねくれ者だったり、愛想笑いだったり、厚化粧だったり。どうぞくれぐれも、娼婦らの素顔だけは拝まぬようお気を付け下され。でなければ娘らの涙に、濡れてしまいます」
 最後のお楽しみは射的屋でござい、バーン、バーン、バーンと威勢良くこのコルク銃にて豪華景品をば撃ち倒して下されよ。ところが玩具、人形の類と思いきや、景品の棚に並びたるは何ともむごい、第三惑星はYoshiwara娼婦共。ほんに残酷、丸で鬼畜外道の所業ではあるまいか。店主、これは一体如何な事情かと問い詰めれば、
「へいへい、これぞ正しく人身売買。第三惑星Yoshiwaraで夜毎行われたるは、娼婦共の胸をば紙幣というコルク銃にて撃ち貫くこと。故に射的ゲームと何ら相違は御座いません」
 かくして今宵も彼のYoshiwaraでは、バーン、バーン、バーンと銃に撃たれて、娼婦共の華が散っております。
 そろそろ土曜日の星の夜も明けて参りました。Yoshiwara駅も今は夜明け、娼婦たちも束の間の眠り、その儚き夢にまどろんでいる頃。何処からか腹を空かした野良猫共の寝息さえも、この宇宙の片隅に聴こえ来るかと思える程の静けさ。やがてまた夜が訪れれば闘いの始まる娼婦たち、今は彼女らのささやかなる夜明けの夢をば守り給え。どうやら、お後が宜しいようで。

 ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー、かくして太陽系の旅は続くのである。まだ未完なる永久交響楽を耳にしながら宇宙船もまた静かなる旅路へと復帰する、一星一星着実にYoshiwara駅へと近付かん為に。ピポピポピー、ピポピポ……ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー……。

 ふっと少年の空想が途絶える。目を開く雪、べっとりとその掌は汗で濡れている。なのに握り締めた少年の手は冷たい。そっと手を解く雪、少年の唇から零れるはいつもの子守唄。
『……もうねむりにおちてもいいんだよ、ベッドにはきみひとり、もうだれも襲いかかったりしないから、こわければ子犬をだいていればいい。ぼくをここに連れてきたのは子犬、ぼくならきみを助けられると……もしもあの宇宙船が、きみを助けにくる夢を今夜見たならば、きみはいってしまうかい、この悲しき宇宙ステーションを残して』
「ほな雪、帰るさかい、にいさん」
 雪が別れの手を振ると、少年は歌を止め、
「お姉さん」
 雪を呼び止める。
「何や、にいさん。どないしたん、珍し」
 すると少年は、
「もう夏も終わりなんだね」
 しみじみと丸で大人の如く語るから、可笑しくなって雪も答える。
「有難う、にいさん。土星の夜市も楽しかったなあ」
 うん、と頷く少年は、そのままただ黙って、歩き去る雪の背中をじっと見守っているのである。
 弁天川の河原では蛍が瞬き、川沿いの並木ではまだ蝉時雨。カランコロン、カランコロンと弁天川を後にしながら、海に行く約束の小指の疼く雪である。
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